メディアグランプリ

正しいことを言ったのに、なぜ人は離れていくのか。


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:川瀬健二(26 年9 月ライティングゼミwithAI)

 

 

「だから、そんなに無理しなくてもいいじゃないか」

 

夕食のあと、僕は妻にそう言った。妻は、その日あった出来事を話していた。頼まれごとが重なり、予定していたことが何も進まなかったらしい。断ればよかったのに、相手の顔を思い浮かべると断れなかったという。僕は、よかれと思って答えた。

 

「全部引き受けるから大変になるんだよ。できないことは、できないって言えばいいんだ」

 

間違ったことを言ったつもりはなかった。無理な頼みを断るのは、自分を守るためにも必要なことだ。けれど、妻は少し黙ってから、「そうだね」とだけ言った。それきり、話は終わった。食卓には、まだ飲みかけのお茶が残っていた。僕は、自分の言葉を思い返した。何かおかしなことを言っただろうか。いや、言っていることは正しい。そう思えば思うほど、胸の奥に小さな違和感が残った。

 

翌日も、妻はいつも通りだった。朝の挨拶もする。必要な話もする。けれど、昨日のような愚痴を僕にこぼすことはなかった。たった一度の会話で何かが変わったと決めつけることはできない。それでも、僕は気になっていた。妻が話をやめたのは、僕の言葉に納得したからだろうか。それとも、もう話したくなくなったからだろうか。

 

思い返せば、似たようなことは何度もあった。妻が困っていると、僕は解決策を考える。迷っているとき、どちらが合理的かを説明する。間違っていると思えば、その理由を伝える。それが相手のためだと信じていた。けれど、僕はいつも、妻の話を最後まで聞いていただろうか。

 

「それは大変だったね」

 

その一言さえ、言わずに終わった夜があったのではないか。正しいことを言っているつもりで、いちばん身近な人の言葉を奪っていたのかもしれない。そう考えると、情けなかった。相手を助けたかったはずなのに、相手が安心して話せる場所を、自分で狭くしていたのだから。

 

それからしばらくして、あるお寺の住職と話す機会があった。話題は、宗教における「正しさ」の違いだった。世界には、唯一の神を信じ、その教えを何より大切にする人たちがいる。一方、日本には、山や木、先祖や仏さまなど、さまざまな存在に手を合わせてきた文化がある。どちらも、信じる人にとっては切実な祈りだ。自分が最も大切にしていることと言っても過言ではない。けれど、自分の信仰だけを物差しにすれば、相手の祈りは間違って見えるかもしれない。

 

「そういうとき、どちらが正しいかを決めるのでしょうか」

 

僕が尋ねると、住職は少し考えてから、こんな趣旨のことを話してくれた。

 

「無理に決めなくてもいいのではないでしょうか。自分には自分の信じるものがある。相手にも相手の信じるものがある。その違いを、結論を出さずに抱えておくことも大切だと思います」

 

正しさを、宙吊りにしておく。その言葉を聞いたとき、僕は妻との会話を思い出した。あの夜、妻が話していたのは、頼まれごとを断るべきかどうかという問題だけではなかったのかもしれない。断れない自分へのもどかしさ。相手をがっかりさせたくない気持ち。一日を何とか終えた疲れ。そんなものを抱えて、食卓に座っていたのかもしれない。けれど僕は、その気持ちに触れる前に、答えを出してしまった。

 

「断ればいい」

 

たったそれだけで、妻の一日を片づけようとした。僕の答えが間違っていたのではない。答えを出すのが、早すぎたのだ。そう気づいたとき、胸の奥に残っていた違和感の正体が、ようやく分かった気がした。僕たちは、自分の正しさを相手に伝えることが、相手のためになると思っている。もちろん、そういう場面もある。間違いを指摘しなければならないことも、決断を急ぐべきこともある。

 

けれど、人が何かを打ち明けるとき、いつも答えを求めているとは限らない。自分でも答えは分かっている。それでも、誰かに話したい夜がある。うまくできなかった自分を、責めずに受け止めてほしいときがある。そんな相手に必要なのは、立派な正論よりも、話の続きを待ってくれる人なのかもしれない。

 

住職の言う「宙吊り」とは、正しさを捨てることではない。自分の考えを持ったまま、すぐには結論を出さないことだ。相手の話を聞き、分からないことは尋ねる。必要なら、そのあとで自分の意見を伝える。正しさを宙吊りにするのは、答えがないからではない。答えを出す前に、相手の心が入る余白をつくるためなのだ。もちろん、妻があの夜、本当は何を求めていたのか、僕にはまだ分からない。だからこそ、今度は勝手に決めつけないでおこうと思う。

 

ある晩、食卓で妻がぽつりと話し始めた。

 

「今日ね、ちょっと嫌なことがあって……」

 

いつもの僕なら、事情を聞きながら、もう解決策を探し始めていただろう。けれど、その夜は違った。湯飲みを置き、妻のほうを向いた。

 

「うん。それで?」

 

妻は少し考えてから、また話し始めた。僕は、その続きを聞いた。窓の外は、すっかり暗くなっていた。食卓には、二人分のお茶があった。今夜はまだ、答えを出さなくてもよさそうだった。

 

 

≪終わり≫

 

 

 

 

 

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院カフェSHIBUYA

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00



■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00



関連記事