カモの背中
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:中村 理恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
「お母ちゃん、ちょっと来て」
登校のために家の橋から道路に出ようとした娘が声を上げ、手招きしている。いつものように自転車が見えなくなるまで見送るつもりで玄関の近くに居た私は、何事かと娘の方に走った。すると、カモがヒナを連れて泳いでいるところだった。娘は、あまりの可愛さに、それを見せたくて私を呼んだのだ。私が間に合ったのを見届けると、彼女は静かにペダルを踏みこみ、中学校に向かった。
私の嫁いだ家は田んぼの中の集落にあり、集落は川に囲まれている。用水路を兼ねているコンクリートの三面張りの川だ。道路に出るために各家で橋を架け、川に降りる階段もそれぞれの家で作ってある。野菜を洗ったり、田植えの後に苗箱を洗ったりする。カモはまさにその階段の近くから泳ぎ出していた。
田んぼに水が入った頃から、カモが居ることには気づいていた。
(合鴨農法かな?)
(ちがうちがう。家の前の田んぼってうちの家のや)
業者に委託しているが、自分の家の所有の田んぼだ。カモを使うという話は聞いていない。ということは、野生のカモが勝手に住み着いたということになる。そして、大人のカモの茶色とは違うフワフワしたかたまりをいくつか見かけるようになった。
(ヒナか)
何羽いるのかはわからないが、親の近くにフワモコした物がいくつかある。ほほえましく思いながら、端の方から見ても、鳥の形もよくわからず、そのまま日が過ぎていた。泳げるほど大きくなったのか。
親ガモについて子ガモが列を作っている。本当に可愛らしい。が、この話はこれで終わりではない。川に降りる階段の一番下の段に一羽ヒナが残っていた。他の兄弟達は水の上に出ているのに、一羽だけ動きを止めている。
(怖いのかな。どうするのだろう?)
見ていると、いつの間にかヒナの先頭に居るのと同じくらいの大きさのカモが橋の上に現れた。そして、
「バッシャン」
水の音がする。カモが橋の上から川に飛び込んだ音だと気づいたのは一瞬後だった。その音につらされたように、飛び込みかねていたヒナが水に浮いていた。ヒナは兄弟達の後を追い始めた。私は、後から出てきて見事に、すくんでいる(ように私には見えた)ヒナを初泳ぎさせたカモのお父さん(?)に感心しながら、家に入ったのだった。
毎年、親ガモが子供を連れて歩いている姿や泳いでいるところはニュースで取り上げられたりする。それは、一様に動物の愛らしさを報道するもので、私もそう感じていた。しかし、それだけなのか? 図らずも、家の橋で繰り広げられたドラマは、違う視点を与えてくれた。
カモは、まず田んぼに住むことを決めた。餌があったのか、天敵から身を守りやすいと思ったのか、それは分からない。田んぼは他にもたくさんあるし、川ももっと大きな川が近くにある。餌だけで言えば大きな川の方が豊富なはずだ。しかし、人家に近い田んぼを選んで、ヒナを育てた。ヒナは田植えされたばかりの小さな稲のある浅い田んぼの水で慣れていった。そして、いよいよ川で泳がそうという日、カモの親子は道路を横切って、家側にある川に降りる階段を使って下まで降り、そこから川に飛び込んだ。泳ぐことを教えるのに大人のカモが知恵を絞ったとしか思えない。段階を踏んで準備をしたが、どうしても一緒に水に入れないヒナが居た。人間なら、手を取って、水に誘うところだろうが鳥にはそれができない。だから、もう一羽が見本を見せた。違う方角から目の前に飛び込んだカモを見てヒナは、思わずかもしれないが水に入ることができた。
なぜ、今日泳ぎを教えなければならなかったのか? 尻込みしているヒナは明日でもよかったのではないか? 水鳥は一見優雅に泳いでいるように見える。けれど、見えない水の中で必死に足を動かしているそうだ。動物が子供に教えることは、生きるために必要なことだ。カモがヒナに泳ぎを教えるのは、それぞれに身を守る術を教える大切な一歩なのだ。親が翼を広げても、何羽ものヒナを守ることはできない。敵に見つかったら、逃げられるものだけが生き残るのだ。だから、生き残る力をつけるために、カモは自分の知ってることを引き継いでいく。命がかかっているから、安易に先延ばしにはできない。
人間も動物だが、他の種から比べて成長が遅い。生まれてすぐ歩けるわけではないし、成人と認められるのは20年ほど先の話だ。本当の意味で自立するには、今の日本の社会ではもう少し時間がかかるかもしれない。それだけ猶予があるのだ。守られて、成長する時間を保障されているのである。カモは小さなヒナに生きる覚悟をもって、泳ぎや飛ぶことを教える。人はどこまで、親としての覚悟を示せているだろう。つい過保護になって、世話をしてしまい、そのくせいざとなると何もできない我が子を憂う。背中で教えるカモを見習い、手を出さずに待ちながら自分のするべきことをやっていく、今からでも遅くはないだろうか? 世話を焼くのに慣れた私には、かなりの難題である。
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