土俵の上のブス
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【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:ほしの(ライティング・ゼミ日曜コース)
自動改札を通り抜けた瞬間、青年の声がわたしの耳に届いた。
「ちっ、ババアが」
彼の言う「ババア」とは、おそらく、たぶん、きっと、わたしのことである。
混み合った朝の改札口。わたしが入った自動改札は一方通行ではなく、向こう側からは出口になるタイプのものだった。そしてその青年はまさに反対側から出ようとしていたのだ。押しのけてやろうと思ったわけではないのだが、タッチの差でわたしが入ったことで、結果的に向こう側の彼は足止めをくらってしまった。そして、舌打ちと雑言が発生したというわけだ。
40歳を超えているので、ババアかババアじゃないかで言うと、ババアだとは思うし、忙しい朝の出来事である。舌打ちしたくなる気持ちもわからんではない。とはいえ、悪意をぶつけられ、悔しいけれど少々傷ついた。
だがしかし。
負け惜しみではないのだが、わたしの心の中には違う感情も芽生えていた。
「ほほぅ。悪くないね」と。
昔、これとは違うシチュエーションだが、赤の他人にイラっとされ、すれ違いざま「ブス」と言われたことがある。
ババアかババアじゃないかと同様に、ブスかブスじゃないかで言うと、ブスだという自己認識はあったのだが、当時はかなり傷ついた。
「女は生まれながらに、強制的にミスコンに参加させられているようなものだ」という話を聞いたことがある。なるほどなぁと思った。わたしだけじゃなく、女性だったらこの感覚はなんとなくわかるんじゃないかと思う。
女の子は当たり前だが生まれながらに女の子だ。街で見知らぬおばさんに「かわいいお嬢ちゃんね」とか言われたりしている子を見ることがある。もちろん褒め言葉だけれど、よくよく考えてみると、なんのためらいもなく、勝手にかわいいか否かのモノサシをあてられているということになる。男の子も同じように「かわいい坊ちゃんね」なんて言われたりするけれど、わたしが子供の頃、つまり昭和の時代、女の子に対しては「将来は美人さんになるわね」的なバリエーション多種多様にあった。女の子の容姿は当然のように、良いか悪いかを測られていたように思う。
幼い頃はどんな女の子もそれなりに「かわいいね!」のひとつやふたつもらえるものだけど、それは幼少期まで。残酷なことだけれど、思春期を迎えるころ自分のかわいい度がどの程度のものか気がつく瞬間がある。
わたしの場合、それは中1の大晦日、大掃除の時にやってきた。まとめて捨てようと1年分溜めたティーン向けのファッション誌を、何気なく12冊並べてみてハッとした。表紙で微笑むモデルの女の子は全員ぱっちり二重まぶただった。そしてわたしの目はもっさり一重……。このことに気がついてから注意深くテレビを見てみると、アイドルの女の子たちの目は百発百中、ぱっちり二重だった。
最近は一重まぶたで切れ長の目を、クールビューティーと呼んだりするけれど、あの頃はそんな風潮はなかった。
子どもながらに「こりゃやばいな」と思った。そしてこれからの女子としての人生が、厳しい戦いになるであろうことを予感した。
その予感はそこそこ的中し、遠くない未来には赤の他人に「ブス」よばわりされることになる。
見ず知らずの人に、「ブス」と言われた時、ひどくショックを受けた。
あぁ、やっぱりわたしはよそ様の目にそう見えているんだなぁと感じた。
望んでもいないのに、ブスか美人かを決める土俵の上に立たされてしまっていることを痛感した。勝手に評価してくれるなという怒りと、その反面、この土俵からは降りることはできないのだという諦めのような気持ちもあった。
そして今ここにきて、新たなる「年齢」という土俵に乗せられてしまったというわけだ。改札口でのわたしとおなじ目にあったら、ひどく腹をたてる人もいるかもしれない。けれど、わたしにはそれが変な話だけれど、望まぬ美醜の戦いから引退できた瞬間のように感じられた。
もちろん、思春期のころと違って、大人になるにつれ人生の土俵はひとつではないことにも気がつくようになっていく。「美醜の土俵」が女のすべてではないことはわかっていたつもりだ。他の土俵で勝てばいいじゃないかと思ったこともある。いや、そもそも人生、勝ち負けじゃないよね、とも。
なのに今回の出来事で、ホッとした自分がいたのだ。
「ブスかどうかなんてもう気にしないわ」と言いながら、思春期からの美醜コンプレックスはしつこくわたしに取り憑きつづけていたようだった。
そのことに気がついて、わたしの美醜コンプレックスはようやく成仏できたように思う。つまらないことに囚われていたら、人生はつまらなくなってしまう。
「ブス」はもちろん、「ババア」もまたしかりだ。
そんな土俵、恐るるに足らずである。
舌打ち青年に「ありがとう」とまでは言えないけれど、「あの日の朝の出来事を、いい経験にさせてもらったよ」ぐらいは伝えたい気分である。
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