先生が脱線した3分間で愛を学んだ
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新野佳世(ライティング・ゼミ 朝コース)
高校ではもっと大事なことをたくさん学んだ気がするのに、
私が強烈に覚えているのは、たったこれだけ、だ。
脱線ほど、おもしろいのはなぜだろう。
先生のメッセージの一つは、「駆け落ちはしてはいけない」だった。
あの言葉は、私の脳に突き刺さったように思う。
午後14時過ぎの、眠い時間帯だったのに、
私たち女子は、これは聴かなければいけない、と本能が命令を出し、
驚くような集中力を見せた。
それはたった3分。授業とは全く関係がない話。
先生が、一人で、勝手に授業から脱線し、遠くを見ながら、
「そういえばね」と始めた話。
それは高校の家庭科の授業だった。
受験に関係ない科目だったので、生徒たちは他の教科の内職をしていることも多かった。
先生には申し訳なかった。
調理実習、パジャマを作る、など作業がない日は非常に気が抜けていた。
時間帯も良くなかった。
家庭科はいつも5時間目の眠い時間帯にあり、
時間割の「お昼」の後ろ、家庭科の「家」の文字も、気が抜けて見える。
「ポリウレタン」先生と読んでいた。
被服の授業で、先生が発音する「ポリウレタン」が微妙なアクセントだった。
先生は、突然、こんなことを言い出した。
「あのね、みんなね、駆け落ちだけはしちゃダメ」
授業から逸れた脱線なると、急に脳が喜びだすのはなぜだろう。
みんな、心なしか、姿勢が良くなった気がした。
駆け落ち。
古風な小説でしか聞いたことがない言葉だが、
思春期の私たちは、すぐさま反応していた。
あんなに眠かったのに、「この話は、一言も逃さず聞くように」と
脳から指令がきた。
集中力を出し切れ、と。
先生の友人は、高校を卒業すると、恋人と駆け落ちをしてしまった、という。
大恋愛だった。親に大反対をされたが、二人は突っ走った。
「ドラマチックでしょう。私も応援していたの」
ところが、1ヶ月ほどで二人別れ、地元に戻ってきてしまった、という。
若い恋愛なんてそんなもの、なんだろうか。
未だかつてない集中力を注いで、先生の言葉を待った。
何が起きたのだろう、若い二人に。
「みんなね、駆け落ちだけはしちゃいけないよ。
出戻ってきたとき、恥ずかしいんだから」
考えたこともなかった。
確かに、家族、親戚、友達の視線が痛いかもしれない。
しかも、私たちは、地方の小さな町に住んでいた。
○○中学校の先輩、後輩の上下関係がまだ生きている地域だったら、なおさら、だ。
私たちはまだ駆け落ちしたい、と思えるような人に出会っていないが、
万が一そんな人に出会った場合、強力なストッパーになってくれそうな言葉ではないか。
先生は、心配していたのだ、と思う。
ナイーブで純粋、しかもどんどん男性から縁遠くなる女子高生たち。
学校の植木の手入れをしに来た50代の植木師さんが素敵、などと
男子見る目が下方修正されている女子高生の私たちには、強烈な洗礼だった。
先生は、また言葉を続ける。
「お金がないと、お腹がすくの。
お腹がすくと、ケンカをするの。
だから、お金がないと、愛は続かないのよ」
グフっと、ミゾオチに一撃をもらったような、強烈なメッセージ。
いまだに先生の言葉は、私の頭の片隅にある。
それは、私たちの淡い期待がパチンと壊れ、軽い失望を感じるものだった。
なんだか出鼻をくじかれたような気分がした。
でも、先生の愛を感じた。
後から考えると、先生は、17歳の私たちを大人扱いしてくれたように思う。
もう大人で、そろそろ本物の愛と勘違いするような出会いがありそうな
思春期に、先生は先手を打った。
友達の駆け落ちビフォア、アフター話で。
先生は教壇に立っていると、とても距離を感じるが、
先生は、ちゃんと私たちの目線に下りて、話をしてくれた気がした。
私の友人の失敗談から学びなさい、
若さで突っ走るな、というメッセージだろう。
ムム。
愛だけでは生きてはいけない。
好きな人ができたら、人生全部解決、ではない。
家庭科の先生だから、女性ならではの言葉、
そして、人生の先輩として、女性に最も伝えたかった言葉、だったと思う。
教室は、波打ったように静まりかえっていた。
みんな、先生のエピソードが強烈過ぎて、消化するのに時間がかかっていたようだ。
結局、私自身は、この言葉を消化するのに20年かかった。
意味をちゃんと「腑に落ちる」まで理解するのに。
アラフォーになると、友人には離婚が増えてきたり、
後輩の結婚の相談に乗ることも増えてきた。
私は、今、まさにあの日に先生の言葉をかみしめている。
小学生の子ども二人を連れて離婚した友人にも、この言葉を
聞かせたかった。
あれから年齢を重ね、この言葉には深みと重みが増したように思う。
ジックリと、友を諭すだろう。
「お金がないと、お腹がすくの。
お腹がすくと、ケンカをするの。
だから、お金がないと、愛は続かないのよ」
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