近くにいるからこそ見えないもの
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記事:熊井 香織(ライティング・ゼミ平日コース)
私の将来への大きな不安は、祖母の姿を見ていたことによるものかもしれない。
お金の不安と、誰かに迷惑をかけるのかもしれない不安。
私の祖母は2年前に亡くなった。
認知症だった。
だんだんと記憶が曖昧になっていき、私のこともわからないのはもちろん、最後は私の母のことも認識できなくなっていた。
祖母の私への記憶はころころ変わり、結婚もしていないのにいつの間にか子どもが二人いることになっていた。
人の記憶っておもしろい。
ごく最近のことは忘れていっても、昔のことで覚えていることも多かった。
自分の娘や孫のことも忘れてしまっても、覚えている記憶もある。
何を忘れていき、何を覚えているのだろうか。祖母の世界からはどんなふうに見えているのか。そんなふうに感じた。
認知症と診断される少し前、祖母は徐々に一人で生活することが難しくなり、私の母が祖母の家に様子を見に行っては自分の家に帰る生活をしていた。
本当は一緒に住んで生活をする予定だったけど、気の強い母と祖母がうまくいくはずもなく、毎日喧嘩になりお互いが疲弊していった。
ヘルパーさんに来てもらっての生活も試してみたけれど、祖母の好みの人でなかったら、毎日文句を言うようになった。お金が無くなった、物を取られたなど、真実ではないことを言葉にするようになり、もう施設に預けようとの決断をした。
「施設に預けるなんて、かわいそうだよ」
そんなふうに言われたこともある。
私も自分が経験しなければそう思っていたかもしれない。
でも、身近で祖母の姿を見ていた私は、施設に預けなければもっと状況が悪化していたのではないかとも思う。
何より、母と祖母の喧嘩が絶えなかったし、周りも疲弊していた。
施設に預けた後も問題はたくさんあったけれど、施設に入ってしばらくしたら、祖母の世界がそこにできていた。
祖母の居場所が施設の中にあった。
今でもなぜだかわからないけれど、私や母が施設に行ったら、すぐに帰れと何度も怒鳴られた。
ああ、もう祖母の居場所はここあるのだと、その時強く思ったと。私はおばあちゃん子で、何度も一人で祖母の家に遊びに行き、たわいもない話をしたり、一緒にケーキを食べに神戸に遊びに行ったりしたことを思い出し、寂しくなった。
でも、一番寂しかったのは私の母かもしれない。
ずっと祖母のことを思い、傍にいて、大切に思って、でも思いがあるからこそ口げんかが絶えなかった母と祖母。
伯父は東京に住んでいたから、1年に数回祖母に会う程度だったけれど、祖母からすると息子がとてもかわいかったのだろう。
自慢の息子のことは記憶の中にずっとあり、認知症になってからも二人の関係は悪くはなかった。
近くにいて、傍にずっといる人のほうが関係が悪くなってしまうこともあるんだ。
お互いが大切に思っているのになんだか悲しい。
これは介護の時だけでなく、ふと同じように思うことがある。
人生のパートナーになった人も、ずっと一緒にいるからこそ関係性が難しくなる。大事に思っているからこそ相手に期待する。相手の行動が気になり、相手のあるがままを受け入れられなくなる。結局、目の前にいる相手を変えようとしてしまっているのかもしれない。
祖母はもう老人なんだ。認知症なんだとわかっていても、心の底から祖母をわかってあげていない。私も、私の母もどこかで、認知症の祖母を受け入れられてなかったのかもしれない。
母はだんだん弱っていく祖母を見て、私の子ども(当時は数か月の赤ちゃんだった)を見て、赤ちゃんのほうがまだ自分でできることが多いんだね。とつぶやいた。
おばあちゃんは、だんだん赤ちゃんになっていくんだね。
そう言って泣いていた。
そういえば、最近出会った介護に携わっている人も、老人は赤ちゃんみたいでかわいいと言っていた。
赤ちゃんは泣くことで私達に必死で自分の意思を伝えようとしてくれている。
もう弱っていた母はしゃべることもほとんどなく、ずっとベッドの中でじっとしていた。
自分の意思をどうやって伝えようとしているのかわからなかったけれど、ぎゅっと手を握ってくれる瞬間とか、顔の表情が変わる瞬間みたいなときを感じることがあった。
そんなふうにして、私と母に何かを訴えていたのかもしれない。
母は数年施設で過ごした。
その間に払った施設代は母が所有していたアパートの家賃から支払っている。
どれだけお金がかかったのかも私は知っているし、もし施設に入らなかったらどうなっていたのか、不安もある。
私が老人になる頃は、医療ももっと進歩して、元気な老人が増えているのかもしれない。それでも私はやっぱり不安になる。
誰にも迷惑をかけない人生なんてないけれど、できるだけ家族には迷惑をかけたくない。
何十年先のことを考えてもやっぱりしょうがいないや、と考えることをやめて思考停止になる日々だ。
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