母が退院したらやりたいことは、家族でトランプだった
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記事:新野佳世 (ライティング・ゼミ朝コース)
時々、娘の私は不思議な気持ちになる。
母は本当に助かったんだ。
料理をしたり、ガーデニングをしたり、
普通の生活していることが、信じられない。
今、一人欠けることなく、4人で一緒にトランプができていることを
時々ふっと不思議になる。
4年前の秋には信じられなかった。
担当医師すら、定期検査に行くと、不思議な顔を
した、という。
「幽霊でも見るみたいに
『・・けい子さんですか?』って言われたんだよ」
担当医師だって、驚いているのだ。
あの絶望的な状況を考えれば、それも無理はない。
あの状況では、90%助からない、と言われた。
今、医師は、ハッキリと宣告することに、新鮮な驚きを覚え、
そして受け入れられなかった。
そんな状態なのに、母は助かった。
様々なラッキーな要因を掛け合わせると、
おそらく1/10000ほどのの確率で助かっている。
そんな母は、回復し言葉を話せるようになり始めたころ、
とても呑気なことを言いだし、私は拍子抜けした。
そして、ヘナヘナと膝から力が抜けるように、安心もした。
「化粧水を買ってきてほしい」 そして
「家に帰ったら、またトランプがしたい」 だった。
ICUの前の冷たい廊下で、肩を落とした医師が
言ったことを今でも覚えている。
「やることは全部やりました」
母は結局、ICUに1ヶ月もいた。
周りの患者さんはどんどん一般病棟に移るのに、
幸か不幸か、私たちは「ICUの先輩」になり、
家族がICUに入院している家族に
面会時間のルールを説明したり、先輩風をふかした。
何もすることがなく、ただ、長い長い時間を持て余していた。
あまりに長いICU生活、
家族が疲労困憊していく。口数も減った。
全く光が見えなかった。
医師も看護師も、私は今でも感謝している。
あまりにICUの生活が長く、どんどん元気がなくなる私たち家族に
看護師は優しくしてくれた。
「今日はね、けい子さん、顔色いいですよ」と明るく話しかけてくれた。
それが、どれだけ心の支えになったか。
消えてしまいそうな希望の火を、元気にしてくれたか。
そんな絶望的な状況だったのに、母は持前の運の強さで、生還した。
心筋梗塞は、即死になることもよくある。
母は、たまたまラッキーな条件が重なり、
救急車ではなく、治療ができるドクターカーに乗ることができたり、
心臓の名医のいる病院に緊急入院ができたり、
1億円もする、県内に3台しかない医療機器を備えた病棟に入れた。
手術後も合併症で3回ほど死の淵を彷徨っていた。
絶望的な中で、父は、静かに喪服を準備することも
考えていた、と言う。
あれ、喪服、どこに置いてたっけ。
母が居ないと、何も分からないことに気づいて、苦笑いをしていた。
やっぱりお母さんがいないとダメだね。
やっと生還し、退院し、元気になって人生を楽しめるのに、
母は退院したら豪華な旅行でも、服でもなく、
家族でトランプがしたい、と言った。
どんな我儘でも聴こうと思っていたから、
そんなことでいいの?と拍子抜けした。
こんな大変な思いをしたんだから。
慎まし過ぎるけど、お母さんは、いつもこんなかんじだった。
トランプは、思えば、しばらくしていなかった。
私や姉が小さな頃の、夕飯後の小さな家族の団欒の風景だった。
コタツのテーブルをひっくり返すと、緑のフエルトの面が現れる。
私たちは、いそいそとテーブルをひっくり返し、ミカンも用意した。
勝った人には、ミカンが景品だった。
七ならべ、ババ抜き、ページワン、そんなものを無邪気に遊んでいた。
思えば、温かい風景だった。
ただ、家族4人でコタツを囲み、楽しくトランプをしていた。
母は、あの風景を思い出していたんだろうか。
ICUで眠り続けている時、
死の淵を彷徨いながら、母はたくさんの夢を見た、という。
そこに、大昔の、私たち家族の、小さなトランプ大会の光景が
出てきたのだろうか。
そこに居る私たちは、あの小学生だったころの、小さな娘たち、なのだろうか。
私はなんだか切なくなった。
お母さんの幸せは、こんなことだったんだね。
私が大学へ行き、姉は嫁に行き、そして家族はバラバラに暮らしていた。
父も単身赴任で、しばらく家に居なかった。
そういえば、あの家に、母はずっと一人で暮らしている時期が長かった。
なんだ、もっと、お母さんのトランプに付き合ってあげればよかったね。
私たちが小さな時を思い出すね。
もっと、頻繁に、母がいる家に帰ればよかった。
トランプは、やっぱり一人でも二人でもなく、人数が必要なんだ。
なぜ気づかなかったのだろう。
母とまたトランプができるのは、本当に奇跡だ。
母は、一番トランプが強かった。
お母さんがいないとね。
夕食後、TVを消してトランプを出す。
トランプをするために、実家に帰るようになった。
無口な昔気質の父も、トランプの時は無邪気に楽しそうで、
子どものようだ。
点数をつけ、優勝者も決める。
「退院したら、またトランプをやりたいな」
こんなことが、私たち家族には大事で、
母が大切にしていたこと、だった。
私はずっと遠くを見て、旅をして、資格を取って、
学位をとって、何かを目指してきたけど、
こんな小さな団欒を、ずっと忘れていたように思う。
それは、私たち、小さな家族の宝ものだった。
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