左利きの人生観
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記事:下田洋平(ライティング・ゼミ日曜コース)
「まぁ、世の中ってそんなもんだよなぁ」
校庭の隅、白球を追いかけるクラスメイトを遠目に、14歳の僕はそんなことを考えていた。
左利きの割合は全人類のおよそ10%である。いつだったか気になってそんなことを調べていた。調べたといってもインターネットで「左利き 割合」と検索しただけなので、信憑性はあったものじゃない。とはいえ、当時30人のクラスで左利きは僕の他に2人しかいなかったので、なんとなく今でもその割合を信じている。
体育の時間。その日の種目は野球だった。僕とその2人はただ1つの左利き用グローブを取り合っていた。そもそもグローブが1つしかないことが問題だが、その頃はまだ利き手は右に矯正されるのが当たり前だった。そして学校備品の不備に文句を言うモンスターな両親もいなかった。
生まれ持っての穏やかな性格が災いし、グローブ争奪戦線からは早々に離脱。仕方なしにあてがわれた右利き用のグローブを持って、レフトだかライトだか覚えてないがとにかくボールが飛んでこなさそうなところにポジションをとった。
中学の体育レベルで外野までボールが飛んでくることはそうそうない。
できるとしたら野球部か野球部からスカウトされるくらい運動神経のいいやつくらいだろう。案の定ボールが飛んでくる気配もなく、僕は利き手である左手に右利き用のグローブをつけたり外したりしながらアウトが3つになるまでの時間を潰していた。
中学の体育レベルで外野までボールが飛んでくることはそうそうない。
そうそうない。ということは、つまりごく稀にあるということだ。
この場合それができるのは野球部か運動神経のいいやつくらい。
そして、運動神経のいい野球部部員が、いた。
さすがに体育レベルで本気は出さないだろうが、たまたま虫の居所が悪かったら、たまたま他のクラスメイトに良いところを見せたがっていたら、どうなるかはわからない。ピッチャーは野球部でもなんでもない。投げれる球種はスローボールかちょっと早いスローボール。どの球が来ても打ちごろだろう。
それからは決して退屈とは言えない。鬼のようなシミュレーションが始まった。そもそもグローブで取るべきか素手で取るべきか。次の投げる動作のことを考えたら素手だろうが、野球部の打球を素手で取るなんてできる訳がない。グローブだ。
となると次に出てくる問題は、グローブをつけた左手で捕球したボールをどちらの手で投げるか。試しに右手で軽く投げる動作をしてみた。ダメだ、届く気がしない。届く気がしない上になんかくねくねしていて気持ちが悪い。左手で投げよう。
左手で捕って左手で投げる。それが短い時間で導き出された答えだった。
一連の動作を脳内でイメージし、あとは最大の難関になりそうなグローブの着脱をひたすら繰り返した。同じ動作でも先ほどまでの時間つぶしとは違う。目的のある行動はやっていて楽しかった。ボールを捕る、グローブを外す、ボールを投げる。完璧だ。これで野球部が外野までボールを飛ばしても、いつでも矢のような返球ができる。矢どころかレーザービームかもしれない。
なんて妄想も虚しく、矢のような返球どころか、一度もボールに触れることもなく、あっけなく授業は終わった。大抵の妄想は妄想のまま終わる。世の中はそういうものである。
社会のあらゆる場面は右利きを中心に設計されている。右利きの方が圧倒的に多いから仕方ない。そういうものである。その度に多少の不便を感じ、それでも「まぁ、そんなもんだよなぁ」と受け入れ、相変わらず利き手は左のままで、大人になった。
20代前半の頃、あるクリスマスの日。特に予定もなく、とはいえ1人で家にいるのも寂しかったので街に出ることにした。こういう状況で入れる店なんてラーメン屋か牛丼屋くらいしかない。牛丼屋に入り、空いているカウンター席に座った。
「並、つゆだく」
外に出たは良いものの、街が醸し出す幸せな空気に心をやられた。家に帰りたい。提供の早さがウリの牛丼屋。その中でも特にすぐに出そうなメニューを頼んだ。食べる時間を短縮するために汁気も多めにした。短時間でシミュレーションする癖はいまだに治っていなかった。その期待を裏切らず、牛丼はすぐに出てきた。さすが「早い・安い・うまい」を謳っているだけのことはある。
箸入れから箸を取ろうとしたときに、気づいた。
左隣に座っている男の人、左利きだ。
これは左利きあるあるの一つかもしれないが、自分以外に左利きの人が近くにいたら、わりと気づく。一人寂しく訪れたクリスマスの牛丼屋で左利きに会えたのが、ちょっと嬉しかった。早く帰りたい意識が緩和された。さっきまで牛丼しか見えてなかった視界が、ほんの少し広がった。
そして気づいた。
右隣に座ってる男の人も左利きだった。
そして僕の両隣に座ってる人の隣に座っている2人の男性も左手で牛丼を食べていた。5人横並びで座るカウンターの空いている真ん中の席にたまたま僕が座ったことで、左利きが5人横に並んだ。奇跡だった。
とはいえその日はクリスマス。自分を含め、皆なにかしらの事情でわざわざ牛丼屋まできているのだろう。そんな人に「僕ら皆左利きですよ」なんて声をかけるべきじゃない。もし自分が声をかけられたら、絶対にいやだ。なんてことを考えながら、今すぐ喋りたい興奮を必死に抑えて、当初の予定よりだいぶゆっくりと牛丼を味わって、店を出た。
想像通りにいかない世の中で、たまに想像もしないようなことが起こる。
だからこそそれは奇跡と呼ばれる。そんなことをカウンターで偶然隣に座った名前も知らない4人の左利きのおじさん達に教えてもらった。
尚、これは「クリスマス、吉野家の奇跡」として、今でも話題に困った飲み会などで重宝している。僕が左利きだからこそ貰えた、サンタからのクリスマスプレゼントだったのかもしれない。
贅沢を言わせてもらえるのなら、その時はプレゼントを片手に遊びにきてくれる彼女とかの方がよかった。けど、まぁ世の中そういうものである。
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