30代の私の選択
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:ゆみこ (ライティング・ゼミ木曜コース)
「あなた 30才までに死んでいるはずだけどねぇ」
占い師の女性から突然に言われて、私の体はびくり と反応した。
70代と思われる占い師の女性は、白髪の着物が似合う品のある女性だった。
そばには、毛並みのキレイな白い猫がまるで気高い門番のように占い師の女性に付き添っていた。
ここに来たのは、習っていた書道の先生が熱心に誘ってくださったからだった。
「宿命ってあるらしいのよ。なんだかすごいの。あなたもみてもらったらいいわ」と一緒についてきて下さった。
その時、私は34才だった。結婚をして2年たった頃だった。
そんな占いで 自分の将来のことがわかるのだろかと思いながらも、家業のことや将来生まれてくるかもしれない子どものことを聞いてみた。
「あなた子どもには縁は薄いから。別に子どもなんて生まれてもどうせ離れていくわ。
あまり期待しないことよ」
そんな口ぶりだった。
ハッキリ言いにくいことを言うのがこういう仕事なのだろう。それでもこの女性の波乱万丈であっただろう人生を生きぬいてきたというような たたずまいは凛としていて、ちっとも嫌な感じがしなかった。
再び「あなた死にそうになったことはないの?」
「いえ、ありませんけど……」
なんだかよっぽど、私は死ぬべきだったみたいだ。
こうして、2時間ほどで鑑定は終わった。占いでなく、鑑定なのは生まれた日で私たちはどんな人生を歩むのかの宿命がおおよそ決まっているかららしい。
それにしても 初めて行く場所で、初めての体験はちょっと緊張していたようで、うちに帰ってきたら、なんだかホッとしたと同時にハッと我に返って思い出した。
30才までに死んでいたかもしれない出来事を。
結婚する前、私はある会社で営業の仕事をしていた。
自分の可能性にチャレンジすべく転職し、お客様と密にかかわる仕事にやりがいも
感じていたつもりだった。
営業成績も男性社員の多い中で 女だからといわれぬように結果を出さなくては! と
睡眠時間を削って仕事に打ち込んでいた。当時、睡眠時間は3時間~4時間の毎日。
それなりに会社では、評価もされてはいたが、充実というよりは、頑張ることを止める怖れが原動力みたいなところがあった。
その時は、いつもつきまとう怖れの正体などはわかっていなかった。
頑張るべき。成果はだすべき。走り続けることに価値がある。
そんな風に思っていた。
そんな会社に勤めていた時、鹿児島で宿泊研修が行われることになった。
鹿児島の山手のホテルの開催で、現地集合だった。
私は男性の同僚に運転してもらい、そこへ一緒に向かうことにした。
その日は、やたら激しい雨が降っていて、車のワイパーのスピードも速く刻みながらの道中になった。
鹿児島までは、4時間くらいあれば目的地のホテルには到着するだろうと早めに出発した。
ところが、鹿児島に入った頃から、雨足はより激しくなった。
「なんだか、凄い渋滞だな」予定していた時間から、ずいぶん遅れ同僚もイライラ気味だ。
やっと左手に鹿児島湾が見えてきた。右手の山際にはJRの日豊本線だ。
天気がよかったら、この辺りは素敵なドライブコースだろうな。雨で残念。などと私はのんきに思っていた。
渋滞はますますひどくなり、車はちっとも進まなくなった。
道路の途中に大きな水たまりができていて、それを目前にした車が前に進まないで止まっているのだ。
イラついた車の運転手達がクラクションをそれぞれに鳴らす。
クラクションの音に押されるように、その車はゆっくり大きな水たまりの中を進み始めた。
しばらくして、その車は前に進むどころかプカプカと水たまりで浮遊しだした。
「え! 何?」
道路のすぐ左は20メートルくらいの崖になって海につながっている。
さらに先の崖を見ると、その下には車が2、3台崖の下に転落しているではないか!
同僚は、車を降りて土砂降りの雨の中に様子を見るために飛び出していった。
「やばい! 先へは進めない!」そうしているうちに、左手の山際から滝のような濁った雨水が押し寄せて、みるみるうちに車の中は膝まで水につかってきた。
「降りるぞ! ここにいたら危ない!」
その時、一気に先の方で山肌が崩れて車がうまっていくのが見えた。薄暗くなってくる中、
方々から地鳴りの不気味な音が、ゴー、ゴーと響いている。
右上から日豊本線のガードレールが土砂になぎ倒され土砂水と一緒に迫ってきた。
その時、「わたし、ここで死ぬかもしれない……」と立ちすくんだ。
そうして「仕事変わらなきゃよかった。結婚したかったな!」という声が一瞬駆け巡った。
そんな私に「今から、崖を降りて海を泳ぐぞ!」と同僚が叫んだ。
もう暗がりの中、いつどこから土石流が押し寄せてきても分からない状態だった。
それを聞いてハッと我に返った私は、「え、新しい靴かったばかりなのに……」とトンチンカンなことを答えた。
「アンタはバカか!」
そう言いながら、先に海の中に同僚は泳ぎだした。
少し遅れて、恐る恐る私も暗い海の中にブラウスとスカートの服装のまま入っていった。崖から離れ泳ぎ進むと足から靴が離れ沈んでいくのを感じた。
海の上には、流れ込んだ木切れや発泡スチロールがところどころに浮かんでいた。
それにつかまりながら、日が暮れて暗くなった海から、岸の中でも一番明るく人が集まっていそうなところを目指して2キロほどを泳いだ。崖をよじ登ってようやく寸断されていた道路の中で一番人が集まっているところにたどり着いた。
やがて救助船が、崖に横付けされわたしも救助された。わたしは生きたのだ。
この災害はのちに鹿児島大水害と呼ばれた。負傷者142名。死者71名の大災害だった。
振り返ってみるとこの年は、高速道路で交通事故に遭い車が大破したにもかかわらず、私は無傷だった経験をしていたことも思い出した。
私は、30才までに死んでいてもおかしくなかたのかもしれない。
そして死ぬかもしれない瞬間に人はやり残したことを思うのだ。そういう究極の場面で浮かぶことは、日頃見ようとしていない自分のこころの奥にある本当の声を知るのだ。
私は、その後今の主人と出会い2年後結婚した。その4年後一人娘に恵まれた。
そして、今私は独身の女性たちに自分にとっての最適なパートナーシップに出会うための話を時折している。
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