初対面でビンタをされた社会人デビューの日
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記事:江口雅枝(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ハトが豆鉄砲を食らったような顔」って、まさにあの瞬間の自分の顔だったと思う。
初対面の人に、ビンタをされる。
それも社会人デビュー1日目の職場での出来事となれば、一瞬なにが起きたのか分からず、ポカーンと立ち尽くしていた。
入社式を終えて、配属先で自己紹介をしながらあいさつをしていた時のこと。10歳くらい年上のその男性が、私の方へ右手を差し出してきた。握手を求めてきたのかと思い「初対面で握手なんて、外国人みたいだなぁ」と思いながら、私も右手を差し出そうとしたその瞬間、
パシッと、頰に痛みが走った。
「……!?」
痛みよりも驚きのほうが大きすぎて、言葉が出なかった。
間髪入れずに「コラー! なんてことするの!」先輩スタッフが声をあげた。と同時に、私にビンタしたその男性が「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」と言いながら、今度は自分の頬を何度も叩きながら走り回り始めた。
自閉症
発達障害
ADHD(注意欠陥多動性障害)
そう言ってしまえば「なーんだ、障害者施設か。それじゃぁ仕方ないよね」と思われてしまうだろうか。
私が勤務したその知的障害者施設は、自閉症やダウン症、発達障害など軽度〜中度の知的障害を有する方々の、養護学校を卒業した後の受け入れ先となっている通所施設だった。
ビンタから始まった施設での仕事。衝撃的な1日目があったおかげで「障害者」と「健常者」という壁を最初から壊してもらえて、施設に通う利用者の方々との距離が一気に近くなった。
ビンタをくれたHさんも、人とのコミュニケーションの取り方が苦手ではあるものの、根はやさしく、むしろ興味を持った人と関わりたい気持ちが人一倍強いがゆえに、初対面での関わり方が極端になってしまったのだ。
その施設では「アートプログラム」に力を入れていて、ハンディキャップを持った方々の豊かな感性を生かし、アート作品として販売する活動を行っていた。就職先として興味を持ったのは、大学で専攻した美術を役立てたいという思いとともに「自分も、障害者側にいたかもしれない」からだった。
母親のお腹の中にいるとき「逆子」になっていることが判明、出産の際にへその緒が首に巻き付いた状態で生まれてきて、呼吸困難になりかけてしまい「オギャー」という産声をあげることができず、すぐに保育器の中へ。幸いなことにその後の経過がよく、無事に育つことができたが、窒息状態から脳に障害が起きる可能性があったという。
物心ついた頃にそんな出生時の話を聞いてから「障害者」「健常者」というカテゴリーに分けることへの違和感と、他人事ではない感覚を持ち続けていた。
施設のアートプログラムで絵を描いてもらうと、美大を出た自分が恥ずかしくなるくらい、猛烈に嫉妬してしまうような、魅力的な作品が次々に生まれていった。真っ白な画用紙を目の前にして、まるで彼らにしか見えていない別の世界があるかのごとく、何の迷いもなく絵筆を走らせ、色が響き合う。
ビンタのHさんが描く絵も、色鉛筆の繊細な線が独特のリズムを生み、彼にしか表現できない美しさがあった。
多くの人たちに作品に触れてもらおうと、毎年木版画カレンダーとしてみんなで一枚一枚刷り上げた。カレンダーの売り上げは施設利用者のお給料になるため、必死になって近隣の学校や幼稚園などへ営業して回った。
「障害者が頑張って作ったから」というお情けで買ってもらうのではなく、作品そのものをシビアに見てもらおうと、銀座の有名文房具店や書店にも営業に行った。結果はことごとく断られてしまったが、10本だけ委託販売を受け入れてくれた銀座の書店があり、その中で2本だけ、実際に売れた。
様々な経費を差し引くと、利益はほんの数百円しか残らなかった。それでも、施設のみんなは、ものすごく喜んでくれた。自分たちの作品が、銀座の本屋さんでも売っているんだよ! ということが自信になって、次の作品への意欲にもつながっていった。
初対面でビンタをされたあの日、自分が感じた痛みは、
「障害者」と「健常者」を分け隔てる社会の壁、声にならない声に気づいて
! というメッセージだった。
2016年に、相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で19人もの尊い命が奪われる大量殺傷事件が起こり、一時的にニュースを賑わせたものの、もう報道されることはほとんどなくなった。被害者の名前が匿名で公表されないという配慮は、同時に「個」としての存在を希薄にした。
間違いなく19人ひとりひとりに、何ものにも代えがたい個性があり魅力があり、生きていてくれることで周りに幸せをもたらす、光があったはずだ。それを奪う権利など誰にもない。
他者の痛みに寄り添える心、社会人デビュー1日目に、その大切さを教えてくれたのが、ビンタのHさんだったのだと思う。共に過ごした施設のロゴマークは「あじさいの花」がモチーフになっていた。小さな花が集まって咲かせる大きな希望。
いつまでも頬の痛みを忘れずに生きていきたいと思っている。
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