先生に、伝えたいこと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:さわみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「どうすれば、伝わるのかな~」
フ~ッと軽く溜息を吐きながら、八の字眉毛のいつもの困り顔。
手には、提出ギリギリに適当に書いて提出した、私のレポートが握られている。
「別に、ちゃんと間に合ったんだからいいじゃないですか」
そう言い返す私に、先生がいつも通りの静かな口調で話しを続ける。
「あなたは、自分が得をしていると思っているでしょ? でも、本当は損をしているんだよ」
学生時代の私は、小・中・高そして大学と、とにかく「いかに手を抜いて楽をするか」しか考えていないような生徒だった。
特に人生で頑張ったと言えることも無く、だからといって特に落ちこぼれという訳でも無く。割と自分では、適当に上手くやってきている方だと思っていた。
全力を出して何かをするなんてバカらしい。全力を出さなくても同じ内容のことができるなら、楽した方が絶対得に決まっている。
「例えば、同じレポートを作成するときに100の勉強をした人と、60だけ勉強した人がいるとするよね。あなたは、60の勉強でレポートを作成した人の方が得だと思っているでしょ? でも、本当は100の勉強をした人の方が得をしているんだよ」
何それ? 意味がわからない。同じことをするなら、最小限の努力でできた方がいいに決まってるやん。何言ってんの、先生?
「60の勉強しかしなかった人は、残りの40のことを学び損ねている。勉強するということは、少ないよりも多くした人の方が、必ず学ぶものは多いんだよ。努力もすればするほど必ず何かが身に付いて、無駄なことは何もないよね。勉強もそれと同じなんだよ」
「先生、それは100の力を出さないとできない人の話じゃないですか? 私は60の力でできるなら、それでいいと思います。残りの40を他のことに使った方が、よっぽど有効的じゃないですか?」
「そうですか……もったいないな~。あなたが、早くこのことに気づいてくれると、いいんだけど」
そう言って、先生は残念そうな顔をしていた。
その当時の私には、本当に先生の言っていることは理解できなかったし、それは真面目を絵に描いたような先生が、自分を肯定するために言っているだけなのでは? とも思えた。
でも、だからといって別に先生のことが嫌いだった訳では無い。こんないい加減な私にも真面目に向き合ってくれる先生を、実は結構気に入っていた。
副専攻や卒論の担当が先生だったこともあり、卒業後も仲間たちと一緒に何度か先生と会う機会があった。
意外にも、声を掛けると喜んで参加してくれる先生は「僕は、ずっと教師には向いていないと思っているんだよね。そんな僕が卒業してからも声を掛けてもらえるなんて、本当にありがたいことだよ」と言うのが、いつもの口癖だった。
八の字眉毛の少し困った顔と、ボタンをしっかりと上まで留めたシャツ、そしてVネックのセーター。
「おじいさんになっても、きっと先生は全然変わってなさそう~」と、いつも皆で笑って解散するのが恒例だった。
「先生が、亡くならはった」
ある日、友人から連絡が入った。
えっ? でも、先生まだ40代やん。
前に会った時は、元気そうやったやん。
それ、ほんまなん……?
訃報を聞いてから数日後、友人たちと一緒に先生の家にお線香を上げさせてもらいに行った。
仏壇には、八の字眉毛の少し困った顔で笑う、先生の写真が飾ってある。
「ほんまや……、先生や。いつもの、そのままの先生やん」
写真を見ても、この世に先生がいないという実感が全然わかない。
「先生は、どうして亡くなられたんですか?」
お茶を出してくれた奥さんに、尋ねてみる。
先生は、肝臓癌だった。発見された時には既に末期の状態。なのに、入院を断って学会に行ったらしい。どうしてもこれだけは行きたいと、痛み止めを何本も打ちながら。
帰って来た途端、倒れて緊急入院。そのまま退院することなく、10日も経たずに、この世からいなくなってしまった。
「もう、なんだかあの人らしいでしょ」
そう、笑いながら話してくれる奥さん。その横には、小学校1年生と、保育園に通う二人の息子さん。
私は、もう一度仏壇の写真を見つめる。
「先生、ほんと何やってんだか。奥さんと息子さんを残して、こんなに早く死んじゃって。学会なんか、どうでもいいやん。死んでしまったら、どんなに勉強しても、意味無いやんか……」
今、先生よりも年上になってしまった私は、結構勉強している。
あの、勉強嫌いの私が、楽することしか考えていなかった私が、自ら進んで勉強しているなんて、本当に自分でもビックリだ。
今になって、やっと先生の言っていたことがわかるような気がする。
きっと勉強は、自分自身を作りあげるためにするのじゃないだろうか。
学んだ知識や経験は、そのまま自分自身の一部になっていく。
多く学んだ人は、より多くの知識や経験が備わった自分になれる。
若いときにサボって手を抜いた私は、きっと今、学び損ねた分を取り戻しているのかもしれない。
自分の人生が、終わるかもしれない時を想像してみる。
もしかすると、本当に学びたいことは「役に立つから」とか「意味があるから」とか、そういうことではないのかもしれない。純粋に、学びたいから学ぶ。それが、自分自身になる。
先生は、自分の人生の終わりがわかっていたからこそ、最後にどうしても学びたかったのではないだろうか。
ああ、今ならきっと、先生と色んな話ができるのに……
20年もかかってしまったけれど、先生の伝えたかったことは、ちゃんと私に伝わっているよ。
先生、直接伝えることはできなかったけれど、あの時真剣に向き合ってくれて、大切なことを教えてくれて、本当にありがとうございました。
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