憎いけど、ピーナッツバターはおいしかった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:コバヤシミズキ(チーム天狼院)
「あ〜、無理、もう無理」
元々続かない集中力がブチブチ切れて、私はフローリングに身を投げた。
台風と共にやってきた秋は、床が冷たいけど、今の私には丁度良い。
「無理。ほんとだめ。イライラする」
言葉に出したところで、イライラは増す一方で。
……何か、ぶつけ先が欲しい。
「あ、ピーナッツ」
ゴロゴロと転がった先のキッチンの隅、忘れ去っていたピーナッツの姿を見つけたとき、私はピンときた。
「よし、第2回ピーナッツバター大会しよ」
エントリーはたった一人。
紛れもなく、これは己との戦いだった。
フライパンに、ボトボトとピーナッツを落とす。
一度軽く煎ってから薄皮をむいたピーナッツは、まだ綺麗な真っ白だ。
弱火で火にかけて、フライパンを小刻みに揺らす。
「……むかつく」
生のピーナッツは、なかなかきつね色にならなくて、私のイライラを助長するばかり。
それどころか、余計なことまで考えてしまう。
「だって、写真嫌って言ってんのに」
……思い返されるのは、先日の前撮り。
私はこの日からどうしようも無くイライラしていたのだ。
「ねえ、どうしても撮らなきゃダメ? 着るだけで良くない?」
振り袖を着て、いつになくバチッとメイクを決めていた私は、未だにごねていた。
自分で選んだ紫色の振り袖と白い髪飾りは身につけるだけでワクワクしたけど、写真嫌いの私はどうしてもこの次の段階が嫌だったのだ。
「せっかくだから、撮ろうよ。お見合い写真になるかもしれないでしょ」
母が冗談めかしてそう言うけど、私はこの時から苛立っていた。
「なにがせっかくだ! 写真撮るくらいなら、結婚する前に死んでやる!」
……もちろん、母に対してこんなことを言う勇気もなく、結局写真を撮る羽目になったのだが。
「はい、もっと笑って」
「表情硬いよ」
「一生残る写真だよ!」
だんだんカメラマンさんもイライラしてきたのだろう。最後の方なんか脅しである。
だけど、無理。
嫌のモノを前にして、“笑え”なんて無茶勘弁してくれ!
……ふと、壁の前で嫌々写真を撮っていたとき、母の顔を見た。
「なんで、なんであんたが笑ってんだ」
娘の姿を微笑ましく見守る“正しい”母親の姿でさえ、私は憎くて憎くて。
拳を、振り上げた。
「いって!」
まな板に叩きつけた拳が思いのほか痛くて、思わず拳を引っ込める。
ちらりとまな板の上を見やるけど、ピーナッツは全く砕けていない。
「まあ、そら無理か」
大人しく手のひらに体重をかけて砕いていく。
……そりゃ、普段人なんて殴ることないのだから。
拳を振り上げて怖じけついてしまうのも無理ないだろう。
殴っても痛いだけだったし。
「やっぱ、暴力は何も解決しないよなあ」
あのとき、感情にまかせて母の元へ向かっていたら、どうなっていたんだろう。
やっぱり、スッキリするのだろうか。
振り上げた拳を、母の元へ振り下ろしたら。
……いや、もう答えは分かっているじゃないか。
まな板を殴った右手が、まだヒリヒリするのが何よりも証拠だ。
すっかり粉々になったピーナッツを、ほんの少しだけ丁寧に刻んで。
私はいよいよ最後の段階へ移った。
「いや〜、もう無理〜」
冒頭より更に情けなく嘆きながらも、作業の手は止めることはない。
かれこれ30分、すり鉢でピーナッツをすりつづけている。
だけど、なかなか思い描くようなペースト状にはならない。
「あ〜あ〜、キッツい」
それでも止めないのは、まだこの憎しみを昇華できていない自分がいるのと。
「今度こそ、完成させたい!」
第1回ピーナッツバター大会で、大失敗を喫しているから。
……第1回時は、ただ作りたいだけだった。
だけど、私のピーナッツバターへの熱意が足りなかったのか、ただの粉々になったピーナッツになってしまったのだ。
「でも、今日は行ける。死んでも完成させる」
前回より熱の入った手首は“疲れた、やめよ?”と訴えかけてくるけど。
死んでも完成させると決めた以上、これは己の憎しみとの戦い。
この憎しみの詰まったピーナッツバターを完成させるまでは、やめるわけにはいかないのだ。
「何作ってんの」
すっかり日も沈んで、私も再びフローリングへと沈んだ頃、母が帰ってきた。
「何だと思う?」
「味噌?」
「違う」
「ああ、ピーナッツバターか」
前回大会を思い出したのだろう。
前よりもできのいいそれがピーナッツバターだとは思わなかったようで、少し目を見張っているのが小気味よかった。
してやったりって感じで、気分が良い。
「前より良い感じなの。どう?」
ちょっとだけ機嫌の良くなった私は、母にそう尋ねる。
憎しみは何も生まないなんて言うけれど。
見て! ピーナッツバターができたよ!
「ふーん」
ああ、ほんとに興味がない顔だな、これ。
私の期待を大幅に裏切った母は、そのまま台所へ向かってしまった。
「……まあ、憎しみなんて、正直気にする方が負けだよね」
やっぱり憎しみは何も生まねえな、と。
1口放り込んだピーナッツバターは、憎いけどおいしくて。
もう二度と、ピーナッツバターなんて作らないと心に決めたのだ。
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