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子供の頃、私は風邪を引くのが好きだった


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記事:戸田タマス(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
 
 
 
「戸田さん、お子さんの保育園から電話ですよ」
 
 
まじか……、とため息をつきながら電話に出ると、声の主は娘の担任の先生だった。
娘が高熱を出したから迎えに来て欲しい、とのこと。
 
「すぐ、行きます」
 
手短に言って、電話を切る。
 
 
「よりによって……。なんで今日なの~!」
 
と思わず独り言が漏れ、私はデスクに突っ伏す。
 
 
 
そういえば……と、先輩ワーママの誰かが言っていた言葉を思い出す。
 
「子供が体調を崩す時期と、会社の繁忙期って同じタイミングなんだよねえ~……」
 
確かに、インフルエンザのような感染症が流行るのは、冬や季節の変わり目だ。つまり、年末や期末など、忙しい時期にあたってしまうことが多いのだ。
そしてご多分に漏れず、
我が家の娘も、大体それくらいの時期に体調を崩す。
 
 
もし保育園に通う子供が高熱を出した場合、すぐに小児科で診てもらい、もし感染症なら保育園に報告しなければならない。他の園児に二次感染するのを防ぐため、保育園側だって対策を取らなければならないのだ。
これは、集団生活のエチケットのようなもの。
 
 
どのみち、もう今日は仕事を続けることはできない。
 
デスクに突っ伏しながら、頭をフル回転させ段取りを考える。
今日中に終わらせなければならない仕事と、そうでない仕事に仕分けする。
リーダーに早退を伝え、同僚に急ぎの仕事を引き継いでもらう。
 
そして大急ぎで会社を飛び出した。
 
 
駅までの道のりを早足で歩きながら、私は思う。
 
「やっぱり、病児保育、利用するべきかな……?」
 
病児保育とは、熱や病気で保育園に行けない子を預かってくれたり、専門の看護師や保育士が看病してくれたりする施設のことだ。
 
よく利用するという友達は、こう言っていた。
 
「看護師さんが看病してくれるせいか、治りがすごく早いの。看病してて自分も病気もらっちゃうリスクも減るし。忙しい時期だけでも使ってみたら? すごくオススメだよ!」
 
正直に言って、本当にワーママにとって素晴らしい制度だと思う。
しかし私は、どれだけ繁忙期に早退させられても、利用する決意がつかない。
それには、自分が子供だった頃のある思い出が関係している。
 
 
 
 
 
 
「風邪ね。今日は学校休みなさい。ていうか、昨日もっと暖かい格好していけば風邪なんて引かなかったんじゃないの? オシャレしても体調崩してたら意味ないんだからね!」
 
 
ベッドに赤い顔で寝転がる私に向かって、母が怒っている。
私はこの日、高熱を出して小学校を休んでいた。
 
母はため息をつきながら、最後は決まってこう言う。
 
「何が食べたい? 買ってきてあげる」
 
 
 
 
不謹慎と言われるかもしれないが、
私は、風邪を引くのが好きだった。
 
確かに、熱や寒気で身体はしんどいのだけれど、
皆が学校に行っている間に、1人ベッドで寝ていられる特別感。
そして、何より
母を独占できることが嬉しかったのだ。
 
最初は「風邪なんて引いて!」と怒られるのだが、
母は、なんだかんだと言いつつも、
氷枕を替えたり、お湯で割ったスポーツ飲料を飲ませてくれたりと、
かいがいしく世話を焼いてくれる。
 
時々、私の様子を見に来る時も、
私を起こさないようにそっと部屋に入ってきて、私の額に手を置き熱を計り、
またそっと出ていく。
 
そんな優しい母の行動が、大好きだった。
 
私は、思い切り甘えられることが嬉しくて、
いつも熱が下がってしまうのが惜しかった。
あと2、3日熱出したままでいたいなあ、などと考えながら、
母との時間を満喫していたのだった。
 
 
 
 
駅のホームで電車を待ちながら、私は悩み続ける。
 
 
大人になった今でも、
風邪を引いた時の、あの母と2人きりの静かで優しい時間が、
とても甘い思い出となって残っている。
 
だからこそ、
普段仕事で一緒にいられないこともあってか、
病気の時くらい、私が娘の面倒を見るのも悪くないかも、と思ってしまうのだ。
 
私が母との時間を嬉しく思っていたように、
どこかで、いつか娘にも
同じように思っていてもらいたいという思いがあるのかも知れない。
 
でも、そうとはいえ
何度も早退が続くと、同僚の人だって迷惑だ。
やっぱり病児保育も利用しないといけないかな……。
 
 
 
そんなことを考えながら、
急ぎ足で保育園に向かうのだった。
 
 
 
保育園に着き、
赤い顔をした娘を引き取って家に帰る。
しかし着くなり
さっきまでぐったりしていたのがウソのように、
 
「あちょぶ、あちょぶ~」
 
と、はしゃぎ始めたではないか。
 
なによ、元気なら保育園行ってよ~と、ちょっと怒りたいような気持ちになる。
 
 
しかし、ふと私は気づく。
もしかしたら、まだ2歳の娘もすでに
風邪を引くのが好きだった私と、同じ心境なのかもしれない。
 
皆が保育園にいる時間に、自分はママと2人で家にいて、
それでいてママはいつもより優しい。
 
 
 
病児保育は、やっぱりまだ、申し込まないでおこう。
娘が繁忙期に風邪を引かないよう、食事や睡眠も今まで以上に気を配ろう。
仕事の方は、急なお迎えで早退することを念頭において進めるよう、
やり方を変えてみよう。
なるべく同僚にも迷惑をかけないやり方がきっとあるはずだ。
 
子育てに正解はないけど、
私は、自分が母にしてもらって嬉しかった思い出を大切にしながら
娘の子育てをしていきたい。
そのために、できる限りの方法を考えていきたい。
 
娘はまだ「あちょぶ~」と言ってくる。
 
 
私は立ち上がり、娘を抱き締めて、言った。
 
「何か食べたい? 買ってきてあげる」
 
***

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2018-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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