バイトに神さまはやって来ない
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:コバヤシミズキ(チーム天狼院)
「じゃあ、帰れば?」
って言えたらなあと零す友人は、今日もバイトで疲れている。
何度目か分からないやりとりを、若干聞き流しつつ曖昧に返事をした。
どうやら、バイト先に来るお客様が、なかなかの曲者らしい。
「サービス、サービスっていわれても」
居酒屋のバイトなんてやるもんじゃないよ、なんて。
チャット越しでも伝わるいらだちに反して、私は少しずつ困惑していた。
「そんなお客様もいるもんだな」
幸か不幸か、私はそんな困難に直面したことがなかったのだ。
大通りの筋を入って、チョット先。
別に隠してもいないのに、“隠れ家”っぽくなってしまっている和食屋さんで私は働いている。
急いで自転車を止めて、のれんをくぐると、すでに常連さんが数人カウンターで食事をしていた。
「おお、いらっしゃい」
「わはは、いらっしゃいませ。お疲れ様です」
お客様から歓迎されるという不思議な体験をしながら、荷物を置いて再びお客様の元へ。
挨拶をして、来て早々注文されたワインを運ぶ。
「はーい。お待たせしました」
「ありがとね。そういえば、ヤクルト持ってきたげたから、後で飲みなさいね」
「やったー、ありがとうございます!」
だから、ちょっと負けといて〜なんて言うので、増やしてお愛想しますね、なんて。
お客様と軽口をたたき合える程度には、慣れてきたと思う。
「今日のご予約は」
予約表を確認しながら、私はヤクルトを飲みタイミングを伺っていた。
「いや、いやいや。そんなことある?」
「あるある、ここにある」
私がバイト先でどんな立ち振る舞いをしているのかと聞かれたので答えると、友人が目を丸くしたのが文面で分かった。
「普通そんなに会話する?」
「は? いや、結構みんなこんな感じじゃない?」
真面目そうな友人のことだ。
私の態度が軽すぎるとか言われるのかなと身構えていたら、思っていたのとは違うところから飛んでくる。
「いや、普通はヤクルト貰わないよ」
断るでしょ、なんて嫌そうな表情の絵文字に、なんだか宇宙人と交信しているような気分になる。
普通はお客様と会話しない? 普通はヤクルトを貰っても断る?
……え? お客様とのコミュニケーションって、こんなもんじゃないの?
徐々に溝が深まっていく、私と友人のお客様に対する考え。
最早画面越しだからとかじゃなくて、そもそも違う星の人間なんじゃ、なんて。
「だって、お客様は神さまなんでしょ」
ああ、なるほど。
送られてきたメッセージを見て、ようやく私は合点がいったのだ。
『お客様は神さまです』
一体いつからこんな言葉がはびこるようになったんだろう。
はびこるなんて言い方は良くなかったかもしれない。
元々は、演歌歌手の三波春夫さんという方が、歌うときの心がけとして、『お客様は神さま』という言葉を残したらしい。
それを意地の悪い人があたかも“お客様は偉いんだぞ!”という風に使い始めてしまった。皮肉なモノだなと思う。
「自分のことを偉いだなんて、怖くないんだろうか」
なんとなくチャットに打ち込む気にはなれず、少し考える。
何かを受け取るには、それ相応の対価が必要。
食事も、ゲームも、形に残らない音楽だって。
それ相応の対価が支払われるべきなのだ。
……だから、私は友達料金と言う言葉が嫌いだ。
「やっぱりお金だよなあ」
一番目に見えて、分かりやすい。
「でも、でもなあ」
そうは言っても、お金を支払ってるお客様が“神さま”なんて、到底そうは思えなくて。
チャットに『おやすみ』とだけ打ち込んで、もやもやしながらヤクルトの蓋を開けた。
「でも、まあ、私はいつも通りやるけどね」
昨夜はあんなことがあったけど、それとこれとは別。
気持ちを切り替えて、今日もヤクルトをくれた常連さんにワインをお出しした。
「はーい。お待たせしました」
驚かせないようにお声がけすると、いつもほんの少し体をずらしてくれるのが、めちゃくちゃ嬉しい。
だから、私もそれに答えるように、できるだけ丁寧な所作でグラスを置こうと頑張る。
「ありがとうね〜」
ニコニコしながらワインに口を付けるお客様に、改めて『はーい』と返事をしたとき、ピンときた。
「なんだ、簡単なことじゃないか」
私のバイト先に“神さま”がやってこない理由。
そもそも“神さま”なんてお客様、存在しなかったのだ。
私たちは、常に平等だ。
お客様がお金を払っていようと、関係ない。……こんなことを言ったら怒られそうだけど。
……サービスの対価なんて求めるモノじゃない?
だけど、やっぱり評価が欲しい。
「“ありがとう”って言ってもらえるだけでも、嬉しい」
食事の対価はお金。いつもありがとうございます。
サービスの対価は好意。どういたしまして。
「本当、たったこれだけだと思うんだけどなあ」
私たちが接しているのは“お客様”であって、“神さま”じゃないよ。
変に生真面目な友人に、どうやって『お客様も人間です』と教えようか。
とりあえず、“おっさんぶん殴る”と憤る友人をなだめようと、今夜もチャット画面を開いたのだ。
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
http://tenro-in.com/zemi/62637
天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら
天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
【天狼院書店へのお問い合わせ】
【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。