メディアグランプリ

手を合わせて「ごちそうさま」が言えたなら


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記事:江原あんず (ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
人との絆は、食事と通ずるところがある。作るのにまあまあな手間がかかるし、美味しくて調子に乗って食べていると、胃もたれで苦しむこともあるし、いずれにせよ、どこかのタイミングで「ごちそうさま」を言わなきゃいけないときがくる。そして、それは栄養に変わって私たちの体に消えていく。
 
天塩をかけて育てた他人との絆を、できたらずっと握りしめたまま年を取っていきたいけれど、どうやらそれは難しいらしいということを、二十代の大切な人生レッスンの一つとして、私は学んだ。高校時代の親友と、思いがけず決別したのだ。
 
高校時代、彼女と私は、まるで双子のようにずっとくっついていた。それは別の大学に行ってからも、社会人になってからも、変わることがなかった。彼女はくしゃりとした笑顔で笑う、えくぼのかわいい太陽のような人で、私はその笑顔をいつだって守りたくて、彼女が失恋した夜も、志望した会社に落ちた日も、そばにいた。それが友情の姿だと信じていた。
 
でも、あるときから、彼女は私を避けるようになった。突然拒まれることに、思い当たる節がなかった私は、ひどく戸惑った。彼女の気持ちを知りたくて、取ってもらえない電話を何度もならしたり、自分の気持ちを綴ったメールを送り続けたりした。それでも彼女の本当の声は聴けず、もやもやした私の気持ちは宙に浮いたまま、半年くらいが過ぎた。
 
ある晩、突然、彼女からの電話が鳴った。そして、電話越しの彼女は
「長年の友情には感謝している。でも、私も大人になる中で変わって、今までの密な関係から抜け出したいと思った。それをずっと言う勇気が出なくて、連絡できなかった。ごめんね」
と泣きながら言った。
 
頭から水を浴びせられたような気がした。金曜の夜にご飯を食べたり、旅行に行ったり、仕事の愚痴を長電話で言い合う二人の光景が一瞬で真っ白に消えた。
 
「その気持ちに気づけずごめんね。その気持ちを尊重するね」
私は言葉を選んで伝えた。
 
ひとしきり会話したあと、彼女は
「今日は熱があるから切るね」
と電話を切った。そして私は、ツーツーと受話器から流れる音をいつまでも聞いた。
 
それから数か月して、彼女と私は共通の友人の集まりで再会した。
「ごめんね」
「私もごめんね」
互いに多くを語らないまま、抱き合った。このハグが終わったあと、もう昔のようには戻れないこと、そして、戻らないことが健全であり、正しい道なのだということを、二人とも暗黙の了解でわかっていた。それから、私たちが会うことはなくなった。
 
その出来事は私の心に硬いシコリとなって、それから何年もそこに居続けた。その一連の流れを思い起こすたびに胃のあたりがキュッとして、口に苦みが広がった。「あんなふうに友情が終わる前に、何かできなかったのだろうか?」私は常に、自問自答を繰り返していた。
 
いつだって、人生において時間は最大で唯一の味方である。あるとき、「今繋がっていることが全てじゃないのだ」と妙にストンと納得できる夕方が訪れた。それはカレーを作っていたときのことだった。子供の頃、大好きで毎日食べたいと思っていたカレー、それは大人になった今、作っているだけで、なんだかおなかいっぱいになってしまう。そして、反対に子供の頃まずいと思っていた、高野豆腐のお浸しや煮物なんかは今やホッとする味になっている。
そうだ、そんな感じで、きっと人と人との絆も、成長過程によって求める味が違うのだ。それでも、その時そのときを大切に噛みしめることができたのなら、それは互いの栄養となり、骨となり肉となり血となって、きっと互いの未来の体と心に一部になっていくのだ。
おたまを持ったまま、カレーくさい台所で、私は一人、悟りを開いていた。
 
私の高校の思い出に生きる愛おしい彼女。今はもうほぼ音信普通になってしまったけれど、若い私の人生に、鮮やかなサラダのような彩りと、みずみずしさを確実に与えて、去っていったのだ。彼女がいたから、考えたこと、感じたこと、たくさんあった。
 
大好きな人との別れ、それはいつだってさみしい。でも、大好きな人が私のもとを去ったとき、無理に留めることはできない。それよりも、その人が私に残してくれた、栄養となり、今は私の一部になっているものに「ごちそうさま」と感謝をすべきなのだ。
 
二十八年生きてきて、きっとこの世に生きている他のすべての人のように、私にもたくさんの素晴らしい出会いが降ってきた。そして、これからも振り続けると強く信じている。お互いの黒歴史をつまみにお酒を飲める古い友人から、最近仕事で知り合った頼れるあの人、もう永遠に会えない親族、大好きだったのに去られてしまった過去の恋人……酸いも甘いもすべてひっくるめて、人との出会いが私の人生をよりコク、意味のあるものにしている、そう信じている。
 
 
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2018-12-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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