いつから「ありがとう」が言えなくなったのだろう
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:あさみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
長いあいだ外国を転々として暮らしてきた友人が、日本に来てこんなことを言っていた。
「日本人って、じつは礼儀ただしくないかもしれない」
「え?」
わたしは思わず聞き返した。
「そうかなあ?」
世界広しと言えど、日本ほど礼儀を重んじる国もめずらしいと思ったからだ。
日本人と言えば礼儀ただしい民族で、礼儀ただしい民族と言えば日本人。この2つの言葉は、どっちから入ってもイコールではなかったか。
「たとえばさ、コンビニとかカフェとかで、買ったものを受け取るよね。そのときちゃんと『ありがとう』って言う人が、どのくらいいるんだろ」
あっ、と思った。
ちょうど彼女に会う前に、コンビニでお茶を買った。レジのところでペットボトルを渡されて、わたしはなにも言わなかった。言われた額を黙って支払い、なにも言わずに受け取った。
「たしかに、あそこで『ありがとう』って言う人は、あまりいないのかもしれない」
ためしに思い出してみた。コンビニのレジで、ビニール袋をねじって渡してもらったとき。カフェの注文口で、ていねいにコーヒーを淹れてもらったとき。スーパーで明るく挨拶してもらったとき。なにを隠そう、わたしはまるで当然のように品物を受け取っていたのだった。
「お店の人と対面してさ、ごく自然に出てくるような会話って、あるんじゃないかと思うんだよね。なんていうか、人と人との関わり合い。『はい、どうぞ』って言われたら『ありがとう』って。大したことじゃないんだけどね」
なるほど、たしかに彼女の言うとおりかもしれなかった。
べつに海外だとか欧米だとかに肩入れするわけではないが、こうして長らく東京で暮らすうち、わたしは人と人との素朴な関わり、インターフェースを忘れてしまったような気がする。
「フランスなんか、そのへんよっぽど厳しいよ。とくにこぢんまりしたカフェだとか食べもの屋さん、洋服屋さんだったりは、ドアを開けて入るとき、かならずお店の人に挨拶するの。目を合わせてね、『こんにちは』って。子どももしないと叱られる。挨拶をすることで、自分はちゃんと相手の存在に気づいているって知らせるの。そして相手もこちらに気づいているんだよって返してくれる。それがすごく大事なことなの」
「そうなんだー。わたし、ぜんぜん知らなかった」
それからわたしは自分の中で、このことについて考えてみた。まるでさっきの会話の中に、とてもささいな、けれどもなにか大切なものが隠されているような気がして……。
わたしの疑問はこうだった。
どうして自分は「こんにちは」が出てこなかったのか。なぜ「ありがとう」と言うことがなかったのか。
それだけじゃない。
どうして周りの人もそうなのだろう。みんなそろって、判で押したように。
ふと、あるフレーズが頭の中でよみがえり、消えていった。
もう何度も耳にしたことのある有名なフレーズで、商いの合言葉。
「お客さまは神さまです」
「お客さまは神さまです」
「お客さまは神さまです」
正直言って、そんなばかな、と思ってしまう。仮に熱心などこかの教徒がこれを聞いたら、怒り出すか呆れ返るかのどちらかだろう。
「いいかい、みんな、聞いてくれ! お客さまは神さまじゃない。どう考えても人間だ」
それはそうだ。反論の余地はない。
けれどもまた一方で、わたしたちはいまだこの商売的、経済的な価値観へ無意識のうちに引っ張られているんじゃないかと思う。お店とお客では、お客のほうが立場が上だという価値観に。
それをあえて言葉にするなら、こういうことになるかもしれない:「わたしはあなたの商品を買っている。お金を払って買っている。だからわたしがサービスを受けるのは当たり前。品物をていねいに渡されるのも、気を遣ってもらうのも、やってもらって当たり前」
それともほかに、なにか理由があるのだろうか。わたしたちが「ありがとう」を言えなくなったわけというのが……。
ともかくわたしは友人の話を聞いて以来、不審者にならない範囲で、店主さんや店員さんにまずはひとこと挨拶し、なにかしてもらったときはひとことお礼を言うよう心がけるようになった。
「ありがとう」
「どうも」
「こんにちは」
「こんばんは」
そのひとことに、ふと顔を上げる店員さん。口もとが一瞬ほころぶ店員さん。うつむきながら黙ってうなずく店員さん。とくに反応のない店員さん。みなそれぞれ、さまざまだ。
できることなら、自分に正直に、他人にやさしく生きていたいと最近思う。
*** この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。 http://tenro-in.com/zemi/66768
天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら
天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
【天狼院書店へのお問い合わせ】
【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。