メディアグランプリ

辞めないでボーナスタイム突入


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:奈良坂愛美(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「仕事、辞めます」
 
何度目だろうか。
震える心と体を引きずって、上司に伝えたこの言葉を口にするのは。
 
新規に立ち上げたばかりの会社でアルバイトを1年間させてもらい、正社員になることを軽く決意して上司に頭を下げた23歳のあの頃。
やりたかった部門ではなく、自分が望まない部門に配属され、知識も経験も興味もない仕事を任され毎日辛くて泣いていた。
それでも何とか自分を奮い立たせて毎日会社に通っていたけど肉体的にも精神的にも辛くて、時には会社のトイレに篭って泣いてしまっていた。
 
――もう駄目だ、もう無理だ。
 
止まらない涙に何度も辞職を決意した。
 
そしてその思いを伝えるたびに上司は「分かった」と言ってくれた。
 
けれど7年経った今でも、私はこの仕事を辞めていない。
 
何度も「辞めます」と口にしているのに。
 
最初の3年は仕事がきつくて辞めたいと思っていた。
上手く作業が出来ても誰も褒めてくれないし、それどころかもっともっとと求められる。
立ち仕事で足は毎日パンパンで、腰を曲げて行う作業もあるため腰も痛い。
作業を間違えれば怒られて、遅ければ怒られて。
朝は早くて帰りも遅い。
同僚は次々と辞めていき、気が付けば私が社員のトップだった。
トップなんて言えば聞こえはカッコ良いが『在籍1年で』だ。
入ってくる後輩もすぐ辞めてしまい、従業員数は増えず一向に仕事は楽にはならない。
辞めていく仲間たちの背中に何度体当たりしてしがみついてやろうかと思ったことか。
 
それなら何故辞めなかったのか?
 
「辞めます」
 
と口にした瞬間、私の中で負けず嫌いが発動するのだ。
 
上司に「分かった」と言われるたびに上司を見捨ててしまう罪悪感が重くのしかかってくるのだ。
 
目の前の与えられた仕事をこなせずにただ『辛いから』と逃げ出してしまう自分がとんでもない根性なしに思え、情けなさに悔しさが込み上げてくる。
 
そして――、
 
「辞めるのはやっぱり止めます」
 
辞めることを伝えた翌日には頬を掻きながら頭を下げる私に上司は笑ってくれた。
 
そんなことを繰り返して3年が経ち、4年目。
後輩も2人だけだが定着してくれて、1人に掛かる仕事量の負担は激減した。
少し余裕が出来たのだ。
そうすると今度は自分の人生について考え始めた。
26歳の頃だ。
 
――このままこの仕事でいいのだろうか?
 
今度はそんな風に考え始めた。
 
今なら辞めても上司の負担も前ほどの物ではないだろう。
与えられる仕事もほぼ全てのことが出来るし、今度は逃げではない。
 
そう思った私は再び上司に
 
「辞めます」
 
と伝え、上司は再び「分かった」と言ってくれた。
 
辞めるのは転職先が決まってからと取り決め、
そしていざ転職活動を始めたところ、とても困ったことが起きたのだ。
 
“やりたい仕事が見つからない”
 
せっかく転職するのだから違う業種にしようと探してみても興味が惹かれる仕事が見つからないのだ。
 
なんとか面接に漕ぎつけてもその会社で働く自分の姿が想像できず、前向きになれない。
挙句は不採用の通知が届いては胸を撫でおろしていた。
 
そしてとうとう、いつものように仕事をしていると気が付いてしまったのだ。
 
――あ、私この仕事が好きなんだ。
 
そのことに気が付いた私は再び上司に頭を下げた。
 
「辞めるのやっぱり止めます」
 
いい加減にしろよ、と怒られても仕方がないはずなのに上司はまた笑って「分かった」と言ってくれた。
 
最初は興味もなかったこの仕事。
軽い気持ちで正社員になり何度も後悔したこの仕事。
それなのにいつの間にかこの仕事のプロになりたいと思っていた。
 
作業が辛くて泣いていた日々は遠い昔になって、悩みの内容は売り上げの対策と後輩の指導と他従業員への指導。あとは社員同士の意識共有をどう上手く機能させるかなどだ。
 
振り返ればずいぶんと変わったものだ。
 
相変わらず朝は早いけれどその分早く帰れるように全体の作業の効率化も図れたし、休みの日数も増え、お給料も毎年上がっている。
 
それもこれもあの時『辛いから』と逃げ出さずに立ち向かった自分のお陰だ。
 
と自分を褒めてやりたいところだが、決してそれだけで今日まで頑張れてこられたわけではない。
 
そう。
辛いときに無理強いも?咤激励もせずただ一言「分かった」と受け止めてくれた上司がいたから頑張れたのだと思う。
自分も会社の経営や社員の定着率の悪さで辛かったはずなのに静かに見守ってくれていた上司がいたからこそ頑張れたのだ。
 
今は経営も安定してきて、社員の定着率も良くなった。
以前よりもお互いグッと楽になり、仕事中にふざけあって笑いあえる余裕がある。
 
今はまさに上司と私のボーナスタイム中なのだ。
 
目の前の辛さから逃げても良いかもしれない。
だけど少しでも立ち上がれたのならば、そのまま踏ん張ってみるのも悪くはないと思う。
最初から上手くいく人なんていないし、みんな挫折の繰り返しだ。
そうやって挫折と戦っていくうちに良いことは必ず起きる。
そして辛いことに勝つ力が必ず身につく。
経験は前へと進む支えとなってくれるはずだ。
 
ボーナスタイムを得て、こうしてライティングゼミなどを習う余裕が出来た私はそう思うのです。
 
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2019-02-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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