巡った先には何がある
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【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:松尾 美紀(ライティング・ゼミ日曜コース)
木曜の夜にその電話は入った。
「お父さんが危ないから」
と胃ガンのステージⅣで入院中の父の危篤を知らせる母からの電話だった。
その年の初夏から、クモ膜下出血に倒れた弟の歯科医院を全面的に支えることとなり、ほぼ毎日そちらへ出向いており、木曜は私が唯一、本業の執務に専念できる日だった。
その日も溜まった書類に目を通して、事務処理をしていた。
本業は8月末決算なので、決算に関する書類も準備中で、
「終わらん!」
とブツブツ言いながら書類と格闘している最中だった。
本当に間が悪い。
「仕事終わったら行くから」
と電話を切ったが、また電話してくる。
「こっちの決算処理があるから無理よ」
「だから仕事終わったら行くって」
「会社を潰す気か!」
「死に行くものより、生きているものが大切」
と段々と口調が厳しくなる私。
これには深い溝を埋めきれていない親子関係も影響している。
父と私は直情型な性格の似た者親子である。
出来の悪い私に父は口論になると、最後はビンタで勝ちをつかんだ。
口では負けるからである。
母はそんなふたりに振り回された口であろう。
そしてそんな姉を見て育ち、要領が良くなった弟は両親の自慢の息子だった。
しかしそんな自慢の息子の子どもは障害を持って生まれた。
それを認められない父の様々な行動は、結果的に弟夫婦を壊した。
そんな父を許せなかった私たち夫婦は実家との連絡を絶った。
父が孫の障害を認められなかったのは、祖父が影響しているのであろう。
祖父は小さい頃、高熱を出したことで、脳に障害を負ったらしい。
そしてちゃんとした教育を受けなかったのか、非識字者だった。
このことで、父は小さい頃から、いじめを受けていたであろう。
子どもは大人の言葉をそのまま受け取って、いじめの材料とする。
それもストレートに。
父から一言もそんな話は聞いたことがないが、今、振り返ると
「ナニクソと思って頑張ってきた」
とよく言っていたので、このナニクソの相手は地域の人々のことであろう。
そして孫に障害があると知った時に、その時の思い出がフラッシュバックしたのではないだろうか。
これに気がついたのは、父に胃ガンが見つかった後である。
主人とあれやこれや話していて、ふとああそう言えば……であった。
なんて思慮がなかったのであろうか。
しかしだからと言って、弟夫妻を壊した父のことを許す気にはなれなかった。
それは父も重々承知していたはずだと思う。
意固地な性格なのはお互い様だから……。
そんな父は、危篤の連絡があった夜に亡くなった。
六曜の関係で、土曜夜が通夜、日曜昼が葬儀となり、歯科医院の診療もできる日程となった。
主人から
「土曜日の診療はやめなさい」
とは言われたが、代診の先生たちやスタッフたちに告げることなく、意固地にも診療した。
それが歯科医師となった息子を自慢していた父への私なりの手向けのつもりだった。
葬儀後、母から父が書いて仏壇の引き出しにしまってあったものを見せられた。
それは孫の入園、卒園、入学、進級ごとに、父が記した仏様への手紙であった。
〇〇ちゃんが△△幼稚園に入園しました。
(中略)
ありがとうございます。
○○ちゃんが**小学校の3年生に進級しました。
(中略)
ありがとうございます。
全ての手紙の最後には、ありがとうございますと記されていた。
父なりに孫への思いを記していたらしい。
意固地すぎる。
似た者同士な娘は苦笑いするしかなかった。
そして父が記し続けた
“ありがとうございます”
の心を、クモ膜下出血の後遺症で高次脳機能障害となった弟は忘れてしまった。
失語症となったため、言葉の代わりにペコッと頭を下げることはあるが、心からではなさそうである。
どうやら、感謝の気持ちは、人が育っていく過程で紡がれるもののようだ。
左脳の一部が破壊された弟は、見た目は大人だが、脳は幼児となった。
この幼児化した脳をどうやったら大人にしていけるのか?
壮大すぎる実験がはじまった。
父が孫の成長にありがとうございますと記せるようになったのは、どうしてなのだろうか?
弟夫妻を壊すほどに荒ぶれていたのに、どういう気持ちの変化があったのだろうか?
ひょっとしたら、そこにヒントがあるのかもしれない。
不出来な娘はそう睨んでいる。
もう父には聞けない。
しかし似た者同士な娘だからこそ、ひょっとしたら父の思考や心境の変化を追体験できるかもしれない。
父がどういう思いで亡くなるまでの75年間を過ごしてきたのか。
父が生前に書き記したものをひとつひとつ紐解いて、考えてみよう。
仏壇の引き出しにしまわれていた手紙は過去のものだけれど、その手紙を起点に未来へ繋げていこう。
父という空間を巡ってみよう。
迷路に迷い込むこともあるだろうけれど……。
それをしていくことが、父への最大の供養になるだろう。
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