メディアグランプリ

ひまわりと過ごした夏


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:十川蒼来(ライティング・ゼミGW特講)
*この記事はフィクションです
 
 
「やめなさい! 飛び降り自殺なんてしてはいけない!」
担当医がそう叫ぶ。
(生きていたって仕方がないのに)
そう思いながら身を投げ出した。
最後に向日葵が目に入って私の記憶は途切れた。
 
白い天井。隣には空いているベッド。その上に綺麗にたたんであるシーツ。私の瞳に、一人には広すぎる病室が映った。
(夢か……)
夏が迫っているからか、暑い。だから、変な夢を見たのだろう。目が覚めるといつも通りの日常に安心した。
もう十年になる。7歳のころからこの病室を使っているから、すっかり慣れてしまった。静かな部屋に、自分が生きていることを証明する機械音が鳴り響く。
この病室は私のようだ。何もない。空っぽだから音もよく響くのだろう。
「ははっ……」
乾いた笑い声がもれる。
何もない私はなぜ生きているのだろう。生きていて何の意味があるのだろう。
「……いっそ死んでしまう方が楽なのかもしれない」
ポツリとつぶやいた。
 
私は生まれつき病気を患っていた。幼い時は外で遊ぶことが出来た。だけど、徐々に病状が悪くなってきて、外で遊ぶこともできなくなった。
青春だってしてみたい。おしゃれをして友達と一緒に遊びに行きたい。文化祭や体育祭にだって参加してみたかった。そもそも、学校になんて何年も行っていないから、みんなと机を並べて勉強することさえ夢のまた夢。叶わないことなんて、自分が一番分かっている。
でも、してみたかった。
だから、昔は毎日のように泣いていた。親も恨んだ。
でも、気づいた。
何をしたって、この状況が変わらないのなら、諦めたほうがいいんだ。希望なんてもつから辛くなるんだ。全て諦めて受け入れよう。そうすれば楽になる。
 
そんな時、あの子と出会った。
 
「あ……」
手がすべって鉛筆を落としてしまった。取りに行こうとしたとき、病室の扉が開いた。
「ここが病室です。この子、リアンちゃんっていうの。仲良くしてあげてね」
看護師がそういうと、私と同じぐらいの女の子が入ってきた。そして、落ちていた鉛筆を拾い、
「はい、どうぞ。中野梨杏です。よろしくね!」
と、笑顔で答える。
珍しい名前だなと思いながら
「あ、よろしく……」
と答えた。
向日葵のような笑顔が印象的だった。
 
梨杏とはすぐに仲良くなった。病室に二人きりだったからずっと話していた。久しぶりに同世代の友達が出来た。いつも退屈だった日々が嘘のようですごく嬉しかった。
何週間か経ったある日、私は気になって聞いてみた。
「なんで梨杏って名前になったの?」
「私の両親、世界を旅するのが好きで、よく海外に行ってたんだって。それで、ギリ……」
そう言いかけたところで、看護師が来た。
「梨杏さん、検査があるので移動しますよ」
「わかりました。じゃあ、この話は後でね!」
「うん! 待ってるね」
 
しかし、梨杏はいつまで待っても帰ってこなかった。
 
梨杏は別の病室に行くことになったらしい。病状が予想以上に悪化していたようだ。看護師が言うには、病状が今まで通りになったら戻ってくることが出来るそうだ。
(早く良くなって、帰ってきてくれないかな)
 
梨杏がいなくなってから5日後、梨杏は亡くなった。
 
突然の死だった。
絶対に良くなって帰ってくると思ってたのに。また一緒に楽しく話ができると思っていたのに。まだ名前の話を聞けていないのに。なんで梨杏が死ぬことになってしまったんだろう。梨杏がいなかったら楽しくない。
 
「私も死のう」
 
梨杏がいないのなら、私が生きている意味は見つからない。
 
明け方、看護師の目を盗んで屋上へ向かう。睡眠薬とかで死にたかったけど、そんなものは持ってないし、買うこともできない。だから、飛び降りるが一番手っ取り早かった。
(ああ、あの日見た夢は正夢だったんだな)
と思いながら、裸足でフェンスに向かって歩いていく。夏だからか、そこまでコンクリートは冷たくなかった。
 
フェンスを乗り越え下を見る。意外と高い。
(よし、いこう……)
そう思い、手を離した。
 
だが、落ちることは出来なかった。
 
ここまで来て怖くなってしまったのか。私は何を恐れているんだろう。何も手放すことなんてないのに。私は本当に、何もできない人間なんだ。
その時、朝日に照らされている向日葵が目に入った。梨杏の笑顔が脳裏に浮かんだ。なぜか、梨杏に見られている気がして、さらに落ちることが出来なくなった。
結局、何もしないまま病室へ戻った。
 
そしてまた、退屈な日が始まる。
何もすることがなく、外をずっと眺めていた。すると、扉をノックする音がきこえた。
「どうぞ」
答えた後にゆっくりと扉が開いた。そこには、1人の女性が立っていた。中へ入るとその人は言った。
「梨杏の母です」
よく見ると梨杏と目元が似ている。
「あ、はじめまして」
「梨杏から話は聞いています。仲良くしてくれて、本当にありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました。私は梨杏の存在に助けられていました。いつも明るくて、笑顔で、まるで向日葵みたいでした」
「そう……」
そう言うと母親は口をつぐんだ。私は何か話すことがないか探した。
そうだ、リアンの名前について教えてもらおう。あの日、教えてもらえなかったから。
「あの、なんで、梨杏という名前を付けたんですか?」
母親は驚いた顔をしながらも答えた。
「私たち夫婦はもともと旅行が好きで、よく海外に行っていたの。その旅で、一番気にいった国が、ギリシャだった。すごくきれいだったから、そんな人になってほしいっていう意味も込めて名前に入れたいと思ってた」
そうか、梨杏はこのことを言っていたのか。
「それと、明るい子に育ってほしかったから。向日葵みたいに。ギリシャ語で向日葵は『イリアンソス』っていうから、そこから『梨杏』っていう名前にしたの」
だから向日葵みたいだったんだ。
 
そのあと、母親はベッドに置いてあった梨杏のものを片付けていた。そして最後にこう言った。
「あなたは生きてね。そしたらきっと、あなたの心の中で梨杏は生き続けるから」
 
私だっていつまで生きられるか分からない。でも、私の心に梨杏がいるなら一緒に生きたい。そうだ、生きることに興味を持ってみよう。
 
そうすれば私は、この世にいる意味を見つけられるかもしれない。
 
病室の窓から向日葵を眺め、そう思った。
 
 
 
 
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2019-05-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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