幸せコンプレックス
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:谷中田 千恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
お恥ずかしい話なのですが、私、幸せな人生なんです。
大恋愛の末に結婚した仲のいい両親に、私は大切に育てられました。那須という場所は、田舎ですが、自然の豊かなところです。とても裕福な家庭というわけではありませんでしたが、両親は3歳年下の弟ともども、遠く離れた私立の大学に行かせてくれました。
両親は、自分たちのことよりも、常に周りのことを考える人たちで、今でも深く尊敬しています。ありがたいことに、現在70歳目前ですが健康に仲良く暮らしています。
学校生活も、さしたる挫折がないものでした。目立つタイプではなかったからでしょうか、いじめられることもなく、仲のいい友達もいてそれなりに楽しい時間を過ごしました。
社会に出てからは、人に恵まれました。高い能力があるわけではないのに、たくさんの上司や同僚に助けてもらい、専門職としてキャリアを積めています。
36年、生きてきて人様に披露できるほどの苦労体験は、何もありません。
大きな山場はありませんが、ずっと満たされた人生を生きてきました。
さて、本当に恥ずかしい話は、ここからです。
私、この満たされた幸せな人生をコンプレックスだと思っているんです。
テレビをつけると、成功者たちのドキュメンタリーが数多く放送されています。
海やら山やらをバックに、優雅に座る成功者たちは、涙ながらに過去の辛い体験を語ります。
ある人は、食べるのに困るほどの貧乏体験を。ある人は、ダメな旦那にひどい暴力を。ある人は、壮絶ないじめ体験を。ある人は、長く暗い闘病生活を。
そして、決まり文句は「あの経験があったから、今の私があるんです」
それを見るたび、私は、小さくため息をつきます。
「私には、何もない」
私は、昔から自意識が過剰なところがあり、生まれたからには、何かに成功してみたい。さらに、私にはそのための十分な才能があるのではないかと思っています。
ところが、成功者たちの苦労話は、「苦労のないあなたの人生に成功はやってこないわよ」と、ささやいているように聞こえます。
それに、私は、同世代から比べると、精神的に子供だなと感じることが多いのです。きっと、苦労をしてきていないからでしょう。人を疑ったりする能力が欠けており、話をすぐ鵜呑みにします。
だからでしょうか、私は誰かに尊敬された経験がありません。後輩に一目置かれるなんてことは、まずあり得ない話です。
苦労体験は、そんな私を成長させ、尊敬される人間へと育ててくれるはずです。
苦労をされてこられた方には、さぞ馬鹿馬鹿しい話に聞こえるでしょう。
でも、私は真剣なのです。私にも、隠された苦労体験が欲しい。何かの折に披露して、だからあなたはすごいのねと言われたい。そんな私の歪んだ欲求は止まりません。
何だか、この感情は、おでこにのせたメガネを探すことのようだなと思います。
私の幸せというメガネはもう、おでこの上にのっているのに、人のメガネを見て、一所懸命それを探しているのです。
しかし、残念なことに人のメガネは、私の視力には合わないのです。私には、私のメガネしか使えなくて、きっとそれがおでこにのっている事に気付く以外、正解はないのでしょう。
私は、7年前のことを思い出します。健康診断で、子宮頸がんの疑いがかかったことがあったのです。
結局それはがんではなく、他の細胞とは形の違う細胞が見つかっただけでした。それでも、「その細胞は、将来がんになる可能性もあるから切除した方がいいよ」と担当医に勧められ、手術を受けました。たった、15分で終わる簡単な手術です。
何の問題もなく済みましたが、手術前後の不安と落ち込みは、今でも忘れられません。特に前日の夜は、この世の終わりかと思うほど緊張し、全く眠れませんでした。
苦労をするということは、あの夜がずっと続くということですね。
試練は、超えられるものにのみ与えられると、えらい誰かが言っていました。
子供っぽい私に、試練は超えられそうにありません。
私は、私の人生を生きるしかないようです。
でも、こんなにありがたいことは、ちょっと他にはないのかもしれません。
今でも、両親、弟と一緒に食べる夕食は、とても楽しい時間です。時々ですが、家族で涙が出るほど笑い転げることもあります。
また、後輩に尊敬はされませんが、私の子供っぽくて素直な性格は、たくさんの先輩方に愛されます。
やっぱり、お恥ずかしい話なのですが、私、幸せな人生なんです。
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