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おでこ解放記


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:のはる(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
産まれてから二十年間、常に前髪ありの状態だった。
 
それも今流行り(?)のシースルーバングとかではなく、少しでも隙間が出来ようものならどんな手を使ってでもそれを埋めなければ外出できない!……というくらいの重たいぱっつん前髪だった。まさしく黒い鉄壁のようなそれ。
ずっとそうしていた理由はいくつかあった。
重めの一重まぶたで目つきが悪いこと、エラが張っているから少しでも小顔に見せたかったこと、自分の眉毛が嫌いなこと、など。
理由を挙げればきりがない。だけど、一番の理由は「人と目を合わせるのが怖い」からだった。
人の目をみて話すことが何よりも苦手だった。目線が合うことは恐怖でしかなかった。
重めの一重まぶた、エラが張っていること、ニキビ跡だらけで汚い肌。
それを見ないで欲しいと、とにかく隠していた。自分はなんてブサイクで、できることなら覆面マスクをして生活をしたい、とも。
今思えば、ただのコンプレックの肥大化でしかなかったけれど、当時は本気でそう思っていた。
 
そんなわたしのぱっつん前髪を変えたのは、成人式の直後のこと。
成人式が終わると、結構な割合で女子は髪を切る。今まで伸ばしてきた長い髪の毛をばっさりと切りたい!という欲望が湧き出てくるのだ。
かくいうわたしも、成人式後に髪を切ることを何ヶ月も前から決めていた。久しぶりのショートカットに胸が踊っていた。
成人式の当日にも着付けをしてもらった、母の友人でもある美容師さんに髪を切ってもらっていた時。
長かった後ろ髪は顎先に切りそろえられていて、もうすぐ全てが終わるタイミングで、美容師さんは言った。
「前髪はどうするー?」
「あ、このままで」
いつも通りの会話だった。小学生の頃から髪の毛を切ってもらっていたけれど、前髪だけは自分でやっていた。強いこだわりが、あったから。
でもその時はいつもとは違った。
わたしの分厚い前髪をつまんで、ちょっと思いつめたような顔をしているのが分かった。どうしたんだろうと思っていたら。
ふと、なんてことないように、でも、思い切ったかのように、言ったのだ。
「ねえ、ずっと前から思ってたんだけど……いつまで、その分厚いぱっつん前髪でいるつもりなの?」
「……え?」
「もう二十歳なんだし、いい加減もう少し大人っぽくしてもいいんじゃなーい?」
まさしく、雷に撃たれたかのような衝撃だった。
実際、バーーーン!!!という音が脳内に響いた。
まさかまさか、この人にそんなことを言われるとは思ってもみず、あまりもの衝撃で言葉が出なかった。
その後はどんな会話をしたのかをよく覚えていない。気がついたら家に帰っていて、家族が「ばっさり切ったね〜」と目の前で笑っていた。
自分の部屋に戻ったわたしは、すぐさま布団に潜って、ひたすらスマホで検索をかけた。「ぱっつん前髪の女 どう思うか」「ぱっつん前髪 子どもっぽい」などなど……。
自分の検索の仕方が後ろ向きだからか、出てくる情報はほとんどが後ろ向きだった。それにさらにショックを受けつつも、「前髪なし どう思うか」「前髪なし エラはり顔」とも検索をした。
よくも悪くも、わたしは素直な人間だった。
そうしたら、思っていたよりも前向きな意見が多かった。むしろ、どうして前髪なしにしないの?という情報ばかり。しかも写真のモデルさんはみんな可愛くて美人で、彼女たちは、己に自信があることが明白だった。自分とあまりにかけ離れていた。
わたしがずっとぱっつん前髪だった理由。コンプレックを隠したいから。それもあった、けれども。
これ以外の前髪にすることなんて、そんな発想すら、わたしの中にはなかったのだ。
「そうか、前髪って、伸ばしてもいいんだな……」
スマホ画面の中の彼女たち。自分に自信があって、キラキラしていて、明るくて。何よりみんな可愛かった。
この人たちは自分とは違うとか、どうせわたしなんかとか、色んなことを考えたけれど。
もし、少しでも、同じようになれるのであれば。近づけるのであれば――、
切ったばかりの前髪は、すぐに伸びるだろう。いつもなら、自分で適度な長さに切ってしまうけれど。
ちょっと伸ばしてみようかな。似合わなかったらすぐに切ればいいし。
よくも悪くも、わたしは素直だった。
 
それから、濃すぎる眉毛をどうするか、や、おでこのニキビ痕をどう隠すかなどの問題があったけれど、順調に前髪を伸ばしていった。その年の夏には鼻下ぐらいまで伸びて、分け目もしっかりとついて扱いやすくなっていた。
その夏には、高校時代の同窓会があった。
卒業後も度々集まるくらいに仲がよかった。前回集まった時は成人式の直前だったから、みんなが知っているのはぱっつん前髪のわたしだ。
久しぶりに会うことが楽しみな反面、不安が胸の中でせめぎあっていた。この前髪を笑われたらどうしよう。いやでもそんなことで笑うような子たちじゃない、けど……
ええい、会わないと分かんないし!と最後には気合で不安を押し殺し、ドキドキしながら居酒屋に行った。
「ひ、久しぶり〜」
先に集まっていた面子に恐る恐る声をかければ、みんな口を揃えて言った。「おでこ出してるの、すごくいい!雰囲気変わったね!」
当時、自然と体重が落ちた時期でもあったから、周りからの評価はとても高かった。綺麗になった、と。
可愛いではなく綺麗とまで言われ、照れを通り越して、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
でも同時に思った。前髪を伸ばしてみてよかったと。
これで、少しはコンプレックを克服できたと、確信が持てたのだ。
 
それから、わたしは前髪を伸ばすようにしている。おかげでおでこのニキビは減ったし、自信がついたことによって人の目をみて会話もできるようになった。
本当に明るくなったと、古い友人に言われる。
人見知りだったなんて信じられない、と初めて会うひとに言われる。
そう言われる度に思う。きっと、わたしの前髪は社会に対するの窓だったのだと。
自分の殻にこもってばかりいる、コンプレックスを肥大化させたわたしの心の砦――それが前髪だったのだと。
 
これから先、髪型を変える機会は何度も来るだろう。また前髪を切ってつくるかもしれない。でも、今度はコンプレックをこじらせることはないと確信をしている。
だって一度開け放たれた窓は、閉じ切ることはないから。
 
 
 
 
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2019-05-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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