篠笛は、わたしの、のどであって
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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河上弥生(ライティング・ゼミ 日曜コース)
篠笛という楽器をご存じだろうか。竹でできた横笛だ。
くちびるをあてて息を吹き込む歌口(うたくち)があり、左右の指で押さえる穴が六つ、あるいは七つ空いている。それだけのシンプルな楽器。重さは100グラムくらい。
母が数十年この篠笛を愛していて、いくつかの調子(音階)の笛がウチにある。
私は母から
「篠笛をやりなさい。弥生は呼吸器が弱いから。これをやれば、きたえられるから。やったほうがいいって」
と死ぬほど言われ続けていたが、逃げていた。私は喘息もちなので、母の言い分はよーく理解できる。音楽も大好きなので断る理由はない。
基本的に素直な性格の自分なのに、ウナギのようにヌラヌラと篠笛から逃げ続けていたのには確固たる理由があった。
母が出るアマチュア演奏会、あるいは篠笛界で名の知られた方々のコンサートに何度か行った。私は音楽を愛しているので、アマチュアだろうがプロだろうが、どんなジャンルだろうが、いつも、開演前にはワクワクし、ドキドキしながら待つ。
しかし、篠笛関係、例外なく気絶するように寝てしまったのであった(ごめんなさい)。
これは…… 向いてないわ。自分に。という確信があった。
そんなこんなで逃げ回りつつも、毎年、桜の時期に母が笛を吹きに外出するときのお供は楽しくて好きだった。なぜかというと、見ず知らずのひとが寄ってくるんである。
たいがいはお花見シーズンなので、公園などには人が居る。楽しい時間を邪魔しちゃいけないよね、と気をつかって、ひとけのない日の当たらない場所などに行って母が笛を吹く。
あるとき、男性が木をかきわけるようにして出現した。
「あー、いたいた」
母も私もギョッとしてフリーズした。男性はニコニコしていた。なんでも、ある神社のお神楽の指導者さんで、笛の音をたよりに、探しにきてくれたのだ。その後は笛談義に花が咲いた。
またある時には、3,4歳くらいのこどもたちがいつのまにかそばにいて、その後ろからお母さんがおそるおそる寄ってきたこともあった。もの珍しかったのだろう。ちびっこたちが目をまんまるにして笛を吹く母を見ていた顔が忘れられない。
そのうち、篠笛をわたしがやろうとしないので、母の「篠笛やりなさい運動」のターゲットが私の息子に移動した。息子は、抵抗するかと思いきや素直に手ほどきを受け、みるみる数曲吹けるようになっていった。
ある休日のこと。母が笛を吹いているのをきいていて、私の中でなにかが覚醒した。
「え? 何それ?」
その曲は、アメイジング・グレイスであった。
タイトルは知らなくても、メロディを聴いたら知っている方々は多いのではないかとおもう。
「あ、篠笛で、アメイジング・グレイスやっていいんだ?」
かなりの衝撃で、急激にワクワクしてきた。私の「篠笛寝てしまう問題」は、単に曲のセレクションが理由だったのだ。そうと知った喜びは大きかった。わたしはアメイジング・グレイスを歌いたいが、歌が下手なのだ。でも、笛でなら、きれいに吹けるかも……!
ワクワクに突き動かされ、単純な私はあっさり篠笛を手にし、母に教えを乞うた。歌口に全力をこめて息を吹き込んでみたが、音が出ない。フー、シューと、空気が笛の中をむなしく移動する音しかしない。何度も何度も吹くうち、息切れがして苦しくなって、なんなら頭痛もしてきて倒れこむ。
その様子を見て母が笑う。
「腹式呼吸じゃないと1曲も吹けないよー」
あ、ああ……そうなのか。
腹式呼吸。ふだんはしていない。腹式呼吸をしながら息を吹き込むと、笛が鳴ってくれるようになった。音が出ると、本当にうれしい。
こんな私も、ぼちぼち音を出せるようになってきた。今のところは1オクターブ(ドレミファソラシド)くらい。篠笛は、ああ見えて3オクターブ出るのだ。道は遠い。
そして、またある休日のこと。息子が篠笛を吹いていた。
凍りつく私。
「えーっ?! その曲って」
「あー、わかる?」
「わかるよわかるよ、米津玄師さまのフラミンゴだよね!!」
「そうそう」
息子はピアノ譜を篠笛の譜に書きかえて、吹いていたらしい。
そうかー、アメイジング・グレイスどころか、篠笛で、米津さまの曲をやってもいいんだ!
わたしは心の底からおどろいた。篠笛で、洋楽だろうが、J-POPだろうが、ロックだろうがなんだろうが演っていいいのだ。
自分が、篠笛に対して持っていた先入観が、そうとう自分を縛っていたことに気づいた。篠笛は、古典や、自分の知る以前のメロディ、に対しての楽器なのだというような。
息子は、そんなものを軽々と越えて、篠笛で今、自分が好きな音楽をたのしんでいるのだった。
自分の先入観が、恥ずかしくてならない。もっとたくさんの音を鳴らせるようになって、自分が歌いたくても歌えない曲を吹けるようになりたい。そして、誰かをたのしませることができたらいいな。
篠笛は、わたしののどになってくれるだろう。あたらしい世界へのパスポートみたいなものかとおもっている。
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