メディアグランプリ

A型サラブレッドの願い


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:井村ゆうこ(ライティング・ゼミ特講)
 
「どうか、この子の血液型はB型でありますように」
 
もうすぐ6歳になるひとり娘を授かったときから、このことを何度願っただろうか。
母親である私の血液型はA型。
父親である夫の血液型はAB型。
娘の体にB型の血が流れている確率は20パーセント……
この5分の1の確率を高いとみるか、低いとみるか。
「めっちゃ、低っ!」
そう思ってしまう私はやっぱり、慎重派で心配性でまじめなA型なのだろう。
 
なぜ私が娘にB型であって欲しいと望むのか。
母親の血液型がA型で父親の血液型がAB型の場合、絶対に生まれてこない子どもの血液型はO型。
もし仮に娘の血液型がO型だった場合、父親は夫ではないということになる。
「あの一夜の気の迷いのせいで」
「どうしよう、どっちが父親なのか分からない」
そんな、イマドキの理由……からではない。
 
問題は遺伝子と娘の将来にあると言える。
私の母の血液型もA型。父の血液型もA型。私はA型のサラブレッドだ。A型サラブレッドの私が歩んできた人生は、自分でも嫌になるくらい脇役と不戦敗の連続である。
引っ込み思案で自分から話しかけることが苦手だから友達が少ない。
他人の目ばかり気にして、「いい子」や「いい人」を演じてばかり。
争いごとなんてもってのほか。喧嘩するくらいなら自分が損して泣いた方がまし。
自分勝手、自由気ままな人に振り回されっぱなし。
私の知る限り、母も父も同じA型人生を送っている。母に至っては、時代の影響もあり私の何倍も苦労の多い人生だ。母は言う。「人生は【忍】の一文字だ」と。
 
「私の血液型がB型だったら良かったのに」
社会人2年目くらいまでは、自分がB型になりたいと切に願っていた。
自分の意見をはっきりと主張できるB型。
明るくてアクティブで友達が多いB型。
他人の目よりも自分の気持ちを優先するB型。
常にマイペースで、それを本人も周りの人間も良しとしているB型。
しかし、A型サラブレッドの私が、いくらB型人間のように振る舞おうとしてもうまくいかなかった。注文したものと違う料理が出てきても黙ってそれを食べてしまうし、初対面の人が多い飲み会は苦行でしかない。無理な残業を言い渡されても断ることができず、顔には愛想笑いが張り付いたまま。
 
だったらせめてストップさせたい。つまらないA型人生なんか、私の代で。
そんな願いが心に芽生えた。だってB型人生の方がきっと何倍も楽しいに違いないのだから。
友人が次々と結婚し出産し始めた20代。私はそんな願いを胸の奥に秘めながら、夫となる人との出会いを探していた。
 
夫から交際を申し込まれたとき、私は彼の血液型を聞いた。念のため、両親の血液型も聞いてみた。
夫の一家はみんなAB型だった。
「惜しい、本当はもっと濃いB型の血が欲しいところだ」
とは、もちろん口には出さなかった。
最終的に結婚を決断した理由に血液型は含まれない。人生の重大な岐路で、自分の密かな願いなどはるか彼方へ吹き飛んでしまっていたからだ。一度は私の中から消えてなくなったその願いが再びよみがえったのは、娘を妊娠していると分かった時だった。
 
「どうか、この子の血液型はB型でありますように」
 
ちょっと小さ目だったが、大きな産声を上げて生まれた娘は、夫にそっくりだった。それはもう誰の目にも一目瞭然。誕生の瞬間から現在に至るまで「パパ、そっくり!」と言われ続けている。
自分の家系の血を見出すことができない娘の顔を見て、私は母がほんの一瞬、残念そうな表情をしたのを見逃さなかった。人の顔色をみることにかけては年季が入っているA型サラブレッドの私が、見逃すはずもない。そんな母に私はこころの中で叫んだ。
「お母さん、もしかしたら終わりにできるかもしれないよ、お人よしA型女の遺伝子を!」
 
娘はありがたいことに、大きな病気もケガもなく健康で元気に育っている。
多少の好き嫌いはあるが、離乳食の時から出されたものは文句ひとつ言わずに食べる。2歳くらいまではおもちゃの取り合いで泣くこともあったが、4歳になる頃には友達にゆずることを覚えた。お店で「これが欲しい、あれ買って」と、床を転げまわってわがままを言うこともない。「帰りたくない、まだ遊ぶ」と別れ際に泣きわめく友達にバイバイして、私の手を握り素直に帰る。幼稚園の先生からは「いつもにこにこして、誰とでも仲良くできていますよ」とほめていただく。
 
娘の血液型を、私はまだ調べていない。
 
先週から、普段は遠く離れた場所でひとり暮らしをしている母が、我が家に滞在している。おばあちゃんのことが大好きな娘は、ママである私の存在など忘れたかのように、おばあちゃんと一緒にあそび、お風呂に入り、同じ布団で寝ている。
母のあそび方は丁寧だ。折込チラシの紙を使って箱を作ったり、絵の具でお絵描きしたり、公園でシロツメクサの花冠を作ったり。そんなおばあちゃんのあそびに娘は夢中だ。同じように作ろうと必死にまねをしている。
 
5歳児とは思えない慎重さと丁寧さでおりがみを折る娘を、母がうれしそうに、そして愛おしそうにみつめている。相変わらず夫にそっくりな娘のその顔を。
私のこころに新たな願いが生まれた。
 
「どうか、この子は血液型が何型であろうとも、家族のことも自分のことも、ずっとずっと好きでいられますように」
 
 
 
 
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2019-06-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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