出来事はとらえ方次第
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事;ヒロ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「お母さん、がんが見つかった。入院することになった」
姉からの短いメール。
「やっぱり」
なんとなく予感していたことだけど、実際にわかるとずしりと重い。
肝臓や肺にも転移しているらしいので、そんなに長くないとのこと
「84歳やし、手術とかの治療せんやろ、痛み止めしてもろたら良いな」
「これからのこと考えんといかんな」
そんな会話を姉とした。
僕と姉の関係は、ここ10年ほど、ずっと母を中心に動いてきた。
母は、自動車事故で骨折してから、車を乗らなくなったので、日用品や食料の買い出しは僕の仕事になった。
その頃の母は、とても健康に対してとても神経質だった。
朝起きられないかもしれないと枕元に水や食料やいろんな物を置いていた。乾燥するからと部屋に濡れタオルをかけたり、加湿器をセットしたりした。足が浮腫んでいないか、背中で赤くなっていないか、いつもチェックは僕の役割だった。寝る前にはいつも足や背中にクリームを塗ったりしていた。
だんだん食事を作るのができなくなり、食事の準備も僕の役割となった。
ハイカラな食事はいらなかったが、加工食品は食べないし、水は1日以上つけ起きしておく、出汁は、鰹節と昆布から取るなどとか結構面倒なルールが多かった。
そのうち、料理のことは母から教わった通りにやれて、いつも美味しいと言って食べてくれるようになった。
社会人になってから、実家に戻るまでの20年間はひとりで夜ご飯を食べていたので、母と食事は結構楽しかった。
数年前に、母は被害妄想に襲われるようになった。そして認知症も発症していた。ヘルパーさんにきてもらっていたが、物がなくなると言い始めた。ヘルパーさんが取ったに違いないというのだ。
母の説明は巧妙で、確かに物が少なくなったような気もしたので、母の気の済むようにやらせていた。
鍵を全部交換し、監視カメラを取り付けた。それでも取られるという状況は変わらない。母にとって、盗みの天才“やつ”との勝負だった。全部の鍵をかけて、部屋で見張っていても、“やつ”は入ってくる。なんて執念深いやつだ。毎日、お母さんの話をうなずいて聞句しかなかった。
母は、家に住めなくなりホテルを転々とした。それも続かず、精神科の病院にお世話になることになった。
精神科に入院して少し元気になった。これまで腰が痛いとか、乾燥するとか、顔色がおかしくないかとか健康のことをずっと気にしてのが、全く健康のことを言わなくなっていた。最大の関心事は、“やつ”がやってこないかどうかだ。
僕が病院に行くと必ず、後をつけられていないか注意するようにと言っていた。
精神科の病院はその点安心だった。鍵がかかっているので、外からは絶対に入れない。お母さんも安心して、ぐっすり眠れるようになったようだ。
しばらくすると、いろんな不満が出てきて、半年ごとに病院やグループホームや療養施設を転々とする生活になった。
いつもお姉さんが、次の施設をどうするか考えてくれて、僕は毎週週末にお母さんのところに行って、いちごやりんごを食べながら、昔の話や、精神病院の不思議な人たちの話を聞いたりして楽しんでいた。
「人間万事塞翁(さいおう)が馬」という中国の故事がある。
これは、昔、中国で老人とその息子が暮らして、老人の飼っている馬が隣国に逃げてしまったが、名馬を連れて帰ってきた。老人の子がその馬に乗っていて落馬し足を折ったが、おかげで隣国との戦乱の際に兵役をまぬがれて無事であったという話です。人生の幸・不幸は予測しがたく、幸運も喜ぶに足らず、不幸もまた悲しむに当たらないというたとえになっている。
この言葉、僕は、ネガティブな出来事もすべてマイナスとらえず、ポジティブに受け止める教えだと考えている。
ここ数年の母との暮らしを振り返ると、「人間万事塞翁が馬」のごとく、すべての出来事をポジティブに捉えることができることに気がついた。
毎日お母さんの食事を作るようになって、料理を作る習慣が身についたし、母から学ぶことができた。お母さんがおばあさんやお父さんを面倒見てきたレベルには及ばないけれど、もっと面倒を見たらよかったという後悔ない。十分面倒を見れたという実感がある。
お母さんが施設に入ることになって、今度は自分のことを考える時間を取ることができた。自分を変える決心をして、心身ともに変わりつつある。
お母さんががんになったことはショックだけど、認知症が進んで自分がわからなくなってしまって、施設を転々とするよりいいことかもしれない。そして、まだ少し時間がある。
毎朝、過去を振り返り、感謝をする日々を送り、病院に行って、感謝を伝えようと思う。
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