人見知りの営業マン
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事: 清水佳哉(ライティング・ゼミ平日コース)
「あらやだっ! 出ちゃってるじゃないっ!!」
おばあちゃんの大きな声が、家の中に響き渡った。
友人宅で話に夢中だった婆ちゃんが血相を変えたのも無理はない。
突然、漏らした孫の下の世話(しものせわ)をしなければいけなくなってしまったのだから……。
「婆ちゃんごめんよ」
「でも、話しかけられなかったんだ」
そう、このセリフも、私の心の中の声だった。
人見知りにも程がある。
そうは思ったけれど、その性分はしょうがない。
心の扉を閉ざした子どもだった。
家庭の事情で、母の実家に居候しはじめた幼少の頃。
婆ちゃんに連れられて、出かけてはみたものの、その婆ちゃんとさえ、まともに口を利くことが出来なかった。
ましてや、他人様のお宅にお邪魔して早々、婆ちゃん同士で世間話に夢中になっている横から、「トイレに行きたい」なんて、言えるわけはなかった。
モジモジ、モジモジしていたが、大人たちには気づいてもらえない。
もう、我慢の限界を超えた!
それに気づいた時、ある意味、やっと開放された気分になった。
学校に行くようになっても、私の人見知りは相変わらずだった。
大人どころか、同級生に対しても、なぜか、話しかけることが出来なかった。
さぞや無口な少年だったことだろう。
授業中も、ずっと絵を描いていたり、人と関わろうとはしなかった。
当時は北海道だったので、クラスには、いや、学年には、男女合わせて、自分を合わせても6人しかいなかった。
そんな仲間たちにも、自分から話しかけることはなかった。
唯一同じ方向に帰る男子にも、冷たく、態度悪くしか出来なかったので、そのうち、本当に誰とも関わることがなくなった。
途中で転校して、学校が変わっても、そうだった。
自分から話しかけるなんて出来ないし、ましてや異性の友だちに対してなんて、関わることが無理だった。
運動会や学芸会が嫌いだった。
オクラホマミキサー? フォークダンスの時間は恐怖でしかなかった。
そう、もはや対人恐怖症に近かったのかもしれない。
中学校、高校に進学しても変わらない。
友だちの数はわずかで、強制された班行動の間だけ、用事をこなす程度に口を開いた。
多少なり、目立ってみたいとか、仲良くなりたいとかいう思いは芽生えたのだけれども、いったいそれをどうやったらいいのか、想像が出来なかったし、表現も出来なかった。
大学生になって、そんな自分にうんざりした。
でも、やったことといえば、バイクに跨ってひとっ走り。
誰も居ない山に行ったり、静かな冬の海で波を眺めたり……。
それでも、転機はやってくる。
それは、就職してから訪れた。
そんな、誰とも口をきけないような私が「営業部」に配属されたのだ。
これには参ったが、仕方がない。
与えられた役割を、精一杯するしかない。
「付き合いが悪い」だの「何考えてるか分からない」だの、社内の評価も最悪だった。
でも、役割だけはこなそうと思った。
新規客の開拓を指示され、上司についていくと、行き先は図書館だった。
対象になりそうな企業名簿を引っ張り出してきてリストアップ。
どうやら、名簿に載っている全ての企業へ、しらみつぶしにあたらなければいけないらしい。
上司の教えはシンプルだった。
「そういうもんだ」
電話、飛び込み、あの手この手。
電話でも、どう言ったらアポが取りやすくなるのか? 訪問時も、どうやったら相手のふところに飛び込めるのか……。さっぱり分からなかった。
現場実践型教育スタイル。
OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)というと聞こえは良いが、日本では、「とりあえずやってみろ!」「実践あるのみ!」「とにかく頑張れや!」という意味だ。
慣れないながらも、企業訪問を続けた。
上手にしゃべることが出来ず、電話でアポが取れないので、直接の訪問を繰り返した。
気がついたら、私の訪問件数は全国トップの数値を示していた。
別に技術が向上したわけでもないだろう。
コツを掴んだわけでもないだろう。
ただただ、慣れた。
知らないビルに入っていくことに、知らない人に話しかけるということに、抵抗がなくなった。
実は、私の練習は、仕事の間だけではなかった。
誰よりも喋れないので、とにかく知らない人に話しかける練習をした。
掃除のおばちゃんでも良い。
運送屋のお兄さんでも良い。
コンビニやショップの店員さんでも、駅員さんでも、バスの運転手さんでも。
たまたま同じエレベーターに乗り合わせた相手でも良い。
その気になれば、相手なんて無限に居る。
それはまるで、バッティングセンターに通う野球少年のようなものである。
いくら振っても、自分のバットは、飛んでくるボールにかすりもしない。
でも、毎日、毎日、何度も何度も振っていたら?
目も慣れるし、体も慣れる。
たいして上手ではないかもしれないけれど、それなりにボールに当てられるようにはなってくる。
打てるように、なんとか、前に打ち返せるようにはなってくる。
そうやって、今は、
下手は下手なりに、誰とでも話が出来るようになったと思う。
誰かが言った。
「練習は裏切らない」
「センスは量だ」
今日も、私の練習は続く。
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