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祖母の笑顔の秘密


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:豊福 直子(ライティングゼミ・日曜コース)
 
 
「自分自身との戦いの末に身についたほほえみには、他人の心を癒す力がある」。
最近読んだ本の中で出会ってしまった言葉が忘れられない。
そうなのか。自分自身との戦いの末に身についたほほえみには、他人の心を癒す力があるのか。
自分自身との戦い。その末に身に付いたほほえみ。他人の心を癒す力。
ああ、だからなのか。
 
私は祖母のことを思った。
 
私の祖母は美しい人だ。
身なり、言葉遣い、立ち居振る舞い。すべてが美しい。
祖母に会うたび「私は本当にこの人と血がつながっているのだろうか」といつも不思議でたまらない気持ちになる。だけど私の母とも血がつながっているので、どうやらそれは間違いのない事実らしい。
 
幼いころ、私は祖母に会いに行くのがほんの少しだけ億劫だった。
といっても会うのは年に2度、お盆とお正月くらいだった。けれど祖母に会う日は一日中ずっと「ちゃんとしていなければいけない」ので、なんだか子どもごころに疲れてしまうのだ。
 
祖母の家はいつもきれいに片付いていた。
リビングには祖母の作品である絵画や芸術品が置かれ、広い庭には花や無花果の樹がきれいに植わっていた。
お茶の時間になると上品なティーセットで紅茶を淹れ、ケーキを切ってくれる。
「直子さん」と私を呼ぶ声には本当に品があって、とてもじゃないけれど「おばあちゃん」などと気軽に甘えられる雰囲気ではなかった。だから私は敬語でしか話をすることが出来なかった。
祖母に会うときは祖母がそうであるように、着る服にも、言葉遣いにも、立ち居振る舞いにも神経を遣った。
祖母はいつもおだやかに笑って接してくれたけれど、私はいつも緊張してうまく笑えていなかったような気がする。
 
あれから私もずいぶんと大人になった。
私も少しは祖母に目線を合わせることができるようになってきたのだろうか。
大人になった今は昔のように緊張することもなく、いつしか祖母に会える日を心待ちにしている自分がいた。
祖母とのおしゃべりはいつもとても楽しい。
「直子さん」と私を呼んでくれる声に昔は背筋がぴんとなったけれど、今はその緊張感も心地いい。そして祖母が目尻をぐっと下げて笑うと、目からキラキラっとなにかがこぼれるのだ。
祖母の笑顔に会うと、とても気持ちが晴れやかになる。悲しいことがあったり思い悩んでいたりするときだって、いつでも私の霧を晴らしてくれる。
 
その日も、私は祖母と会っていた。
食事をしてホテルへと送ったのだけれど、その日は部屋でずいぶんと長い間、二人で話をした。
 
祖母は波乱万丈な彼女の人生について、いろんな話をしてくれた。
母からなんとなく聞いていたこともあったけれど、その日初めて聞くこともたくさんあった。なにより、祖母の口から事細かに話を聞くのは初めてだった。
幼いころから実の母親と暮らすことがかなわなかったこと。親戚の家を転々とし育った幼少時代。父親の反対で婚約者と一緒になることが出来なかったこと。
そのほかにももっともっとたくさんの、私の知らない人生があった。
 
祖母はずっと、私の目を真っ直ぐ見て話してくれた。いつもおだやかで気品に満ちた祖母が、時折頬を紅潮させている。
「事実は小説よりも奇なり」なんて言うけれど、こんなに波乱に満ちた人生を送ってきた人だったなんて知らなかった。こんなにたくさんの苦しみや悲しみを乗り越えてきた人生だったなんて、普段のおだやかな祖母からはとても想像できない。でも、それはただ私が知らなかっただけなのだ。
そうして長い時間をかけて話し終わったあと、祖母は急に「うまく話せたかしら」と言っていつものように笑った。
目からキラキラっとなにかがこぼれた。
 
祖母は本当に美しい人だ。
私は、祖母の笑顔の秘密を今まで知らなかった。
けれど今ならわかる。
祖母の笑顔は「自分自身との戦いの末に身についたほほえみ」だったのだ。
祖母はずっと自分自身と戦ってきた人だった。運命に翻弄されながら、それでもとぐっと顔を上げて生きてきたのだろう。ずっと戦ってきたのだろう。
 
ずいぶんと長い間話し込んでしまった。そろそろ帰らなければ、と帰り支度をする。
またそう遠くないうちにきっと会えるのに、なんだかとてつもなく寂しかった。
 
部屋を出ようとする私に、祖母が口を開いた。
「いつも、想ってるからね」
私は思わず泣いてしまった。はい、とうなずくのが精いっぱいだった。
 
顔を上げると、祖母がいつものあの笑顔でほほえんでいる。
祖母の目からまた、キラキラっとなにかがこぼれた。
 
『置かれた場所で咲きなさい/渡辺和子・著』(幻冬舎出版)
 
 
 
 
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2019-07-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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