メディアグランプリ

色眼鏡をはずしてみたら


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:水口綾香(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
名は体を表すという。
でも世の中にはどうにも名が体を表していないように感じて、納得がいかないものもある。
最近使うたびに、書くたびに、どうにもモヤモヤして気持ちが重くなる言葉がある。
「障害者」という言葉だ。
 
長男が1歳の頃、夫の転勤で引っ越すことになった。家も決まって、荷物もほどき終わって、ようやく普通のリズムで生活ができるようになった日の朝、なにやら家の外から大声で謎の呪文が聞こえてきた。
どうやら家の前にある横断歩道を、おじさんが謎の呪文「〇※△$埼玉数字の9」と大声で唱えながら渡っていた。渡り終わっても、ずっと大声で何度も何度もその謎の呪文を繰り返しながら家の横の道を通り過ぎていった。
 
正直びっくりした。
それからも週に2~3回、朝食の時間に大声で呪文を唱えながらおじさんは家の横を通っていった。どうやら新居の横はおじさんのいつも通り道だったようだ。
おじさんの呪文は何年も続いた。窓も閉めてもカーテンも閉めても、それでも部屋の中まで呪文は聞こえてきた。そのおじさんは、何か障害を持っている方なのだろうと想像がついた。
 
呪文が聞こえてくる度に、私はだんだんとおじさんを怖いと思うようになっていた。
しまいには、怖いと思う気持ちが大きくなりすぎて、これ以上ひどくなったらいよいよ私が精神的におかしくなるぞ、という程私はその声に日々おびえていた。
 
ただ声が聞こえてくるだけなのに。
なんで私はこんなに追い詰められているんだろうか。
 
私の息子を守らなきゃと思うから?
いやいや、おじさんだって誰かの息子だ。
おじさんを生んだ母親だって、自分の息子が知らない間に他人からこんな風に思われてると知ったら悲しいだろう。
 
でも私は怖かった。
では、何がそんなに怖いのか。
 
おじさんについて事実だけを見てみようと思った。
 
すると、ちょっと声が大きいけど、早起きで、大声を出し続けても咳き込むことなくおじさんは何年も呪文を継続していることが見えてきた。
 
そうか、おじさんは元気なんだ。
次呪文が聞こえたらそれは「今日も僕は元気です」と受けとろう!
 
そう決めたとたんに、気持ちがスッキリして頭も軽くなった。
どうやらおじさんの呪文の効果は、知らずのうちにかかっていた色眼鏡をとる事のようだった!
それからまた転勤でその家を離れることになるまで、おじさんの呪文はずっと続いていたけど、怖いと思う事はそれから1度もなくなった。
 
おじさんの呪文の効果は絶大だった。
最近、聴覚障害者の方とお会いする機会が増えたが、繰り返し何度もおじさんの呪文を聞き続けたからだろうか。あれから何年もたったが、どうやらまだ呪文は効いているようだ。色眼鏡が外れたままの目で見ることができた。
 
そこは静かでにぎやかだった。
その辺のスーパーにいるどの方よりもハツラツとしている方や、穏やかな笑顔の方、子どものようないたずらっぽい顔で笑う方もいた。
健常者の方と耳に不自由のある方が、それぞれ数名ずつ、声のない静かな中で、手話でおしゃべりが弾んでいる。
健常者の方はわからない手話を耳に不自由のある方に教えてもらい、耳に不自由のある方は健常者の方から見逃した部分を説明してもらっていた。
耳に不自由があるなしにかかわらず、笑顔で教えあい、笑顔で誉めあう。とても心地のいい対等な人間関係がそこにはあった。
 
私も手話を教えてもらう。
「あの…、 『ありがとう』ってどうするんでしたっけ?」
すぐにある方が左手の甲を右手の手刀でトントンとたたく動きを見せてくれた。
私も左手の甲を右手の手刀でトントンとしてみる。
すると、その方が鼻の前で握った右手を前方に動かす。「いいね」だった。
私も今度は言葉も添えてあらためてお礼をする。
「ありがとうございます」
あちこちからあたたかな笑顔と「いいね」がかえってくる。飛び入りの私を温かく迎えてくれた。
 
「障」…さわる・さしつかえる
「害」…さまたげる
 
今、私に笑顔を返してくれる方々の中に、この字を使って「障害者」と表される方々がいる。
 
彼女たちの何がさわると言うのだろう。
彼女たちの何がさまたげると言うのだろう。
 
彼女たちがどうにも聞こえないのと同じように、私にもどうにも出来ないことがある。
私と彼女たち、健常者と彼女たちの、一体何が違って「障害者」という表現で表されなければならないのだろうか。
この漢字をあてられたことで、これまでに彼女たちが受けた苦労を考えると胸が痛くなる。
 
名は体を表すという。
一方で世の中にはどうにも名が体を表していないものもある。
しかし、どうしても名は体を表すという言葉が本当だと言うのなら……。
その時は、「障害者」という言葉は、彼女たちを表すのではない事を知ってほしい。
「障害者」という言葉が表すもの。それは色眼鏡そのものではないだろうか。
 
 
 
 
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2019-07-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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