涙味のイチゴ 一期(苺)一会
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:谷やん(ライテイング・ゼミ日曜コース)
「お見舞いには何がいいかなぁ?」
「やっぱり、果物がいいんじゃない?」
家内がそういうので、デパートの食料品売り場に行き、果物を物色した。
「お見舞いには、どの果物がいいですか?」
果物売り場の店員さんに聞くと、
「お見舞いにはナイフでむかなくていい、イチゴかブドウなんかどうですか?」
イチゴか、美味しそうだなあ。真っ赤に色づいた大粒のイチゴ。
元気になりそうだ。
「これください」といって、大粒の高級イチゴを店員さんに包んでもらった。
そのイチゴを持って、大学病院に入院中の友人のところに向かった。
彼は高校時代からの親友だ。
最近ガンが見つかり、手術をしたが取り切れず、現在抗癌剤治療中だ。
病室の彼を見ると、抗癌剤の副作用で髪の毛も抜け、食欲もない状況だった。
「だいぶ痩せたなあ、イチゴ食べれるか?」
「うん、イチゴなら食べれそうや」
一粒口に含んだ彼の顔からは笑みがこぼれた。
「美味い!! 久しぶりに元気が出たわ」
そんな彼の笑顔を見て病室をあとにした。
元気になってくれと祈る気持ちで。
それから数日後、クリニックに立派な箱詰めのイチゴが届いた。
見るからに大粒の美味しそうなイチゴだった。
「あまおうか、高級そうなイチゴやな」
誰からの贈り物かな?
ふと見ると、送り主は私の友人の整形外科医のご家族からだった。
何でこんなに立派なイチゴが届いたのだろうか?
不思議に思いながら大粒のイチゴ1粒口に含んだ。
すると、2年前のある情景が急に蘇ってきた。
2年前の夏、彼は大阪の近郊のリハビリ病院の一室に彼は横たわっていた。
その数カ月前に、突然、彼は脳梗塞を発症し左半身麻痺になり、懸命なリハビリを続けているところだった。
当時彼はまだ50歳。
働き盛りのバリバリの整形外科医だった。
深夜までの長い手術を終え、帰宅途中に突然気分が悪くなりコンビニに車を停車した。
その後、意識を失っているところを店員に発見され救急搬送された。
その日を境に、彼は左半身の機能を失った。
そして、仕事も失った。
自分独りで歩くこともできなくなった。
私は躊躇しながらも、そんな彼を見舞いに、大粒のイチゴを持ってその病院を訪れた。
その時、彼は言った。
「この数カ月、ずっと病院に入院してたけど、見舞いに来てくれたのはお前だけやったわ」
「病状がわからなかったので、来ていいものかどうか迷ったのだけど」
「急に社会から取り残されたみたいで、不安で孤独やったわ」
「調子はどうや ? 」
「まだ、言葉もしゃべり辛くて不自由やけど、少しずつ歩けるようになってきた」
大粒のイチゴを口にしたとき、その時の情景が思い出されて、思わず涙が溢れてきた。
さぞかし、辛かっただろう。苦しかっただろう。孤独だったろう。
家族が支えてくれてはいたものの、一瞬で社会の第一線から退かされ、歩けなくなり。闘病生活を余儀なくされたのだ。
第一線の仕事を奪われ、身障者になった彼の気持ちは推測できるけれども、彼とはまったく同じ気持ちにはなれない。
あれから2年の歳月を経て、彼は少しずつ元気になってきた。
懸命なリハビリをし、少しずつ身体を鍛え、体力をつけ、社会復帰した。
不自由な身体を引きずりながら、杖を付いて私のクリニックに通ってくれている。
左半身は麻痺しているが患者としてではなく、患者さんの相談にのり、リハビリの指導をする医師として。
彼でないとわからない患者としてのこころの苦しみがある。
彼でないとわからない身体の動かし方がある。
それを自らの体験を通して患者さんや社会に還元してくれている。
きっと、今ガンで闘病中の親友も彼のように復活してくれると信じている。
同じ大粒のイチゴを食べたのだから。
一期一会という言葉がある。
一般には、
人生はどんなにすばらしい出会いがあるかもしれないから、大切な出会いのために、初めてであった人にも最高の出逢いであったと思えるような、いい印象を与える出逢い方をしなさい。
という意味で捉えられている。
しかし、一期一会の本当の意味は、
いつも会っている親しい人に対しても今日もし突然に最後のお別れが来ても、後悔のないような接し方をしなさい。
という意味が本当の意味らしい。
だから、そういう思いで、これからも人に接していく。
そして、そういう思いで後悔のない生き方をしていく。
それが自分の人生を大切にするということ。
それが、一期一会の人生を歩むこと。
大粒のイチゴを口にして、そんなことが頭に浮かんできた。
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