山と共に生きるということ
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記事:大友ぎん(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
浅間山が噴火した。
夜10時ごろ、けたたましくサイレンが鳴り響いた。こんな時間に防災訓練かと思ったが、どうやら様子がちがう。サイレンに続いて放送されたアナウンスで、浅間山が噴火したことを知った。予兆がなかったため少し焦ったが、幸い噴火の規模はとても小さく、火山灰も降らず、被害はひとつもでなかった。
浅間山は活火山だ。長野県と群馬県にまたがる山で、最近も十年に一度くらいの頻度で小さな噴火を繰り返している。全国的にも活動レベルの高い火山の一つだ。一番古い噴火の記録は7世紀末ごろで、それから数百年に一度、犠牲者が出たり、噴火が原因で飢饉が起こったりするレベルの、大規模な噴火の記録が残っている。
私は、浅間山のふもとにある町に数年前に引っ越してきたばかりで、今回が初めての噴火体験だった。
浅間山が噴火した次の日、会社の先輩に前回の噴火についての話を聞いた。
前回の噴火は今から10年前の冬だったそうだ。夜中に「ドン!!!」と大きな爆発音がして飛び起きたらしい。朝起きると、庭一面に火山灰が降り積もっていて、雪と見間違えるほどだったそうだ。
「あの山は生きているからね、気をつけないと」
先輩は、浅間山をまるで「生き物」のことのように言った。
山が生きている。
その日は快晴で、浅間山の輪郭がくっきりと夏の空に浮かんでいた。いつもの浅間山だ。雄大で力強く、美しい。あの大きな山が、沸々と熱いマグマを抱えて生きているのかと思うと、少し不思議な気持ちになった。
「昔の噴火はねぇ、もっとすごかったのよ」
近所の定食屋に入るや否や、女将さんが教えてくれた。今日は、町中が浅間山の話題で持ちきりらしい。隣のカウンターに座ったおじさんたちも、噴火の話をしている。
「火山灰がすごく降っちゃってね、ほら、この辺り、レタス育ててる人多いじゃない。それで全部パァになっちゃったこともあったのよ」
火山灰はただの砂ではなく、粒子がとても細かい。ガラスや鉱物でできているため、水では流しきれないらしく、人体にも悪影響を与えるので、すべて出荷できなくなるそうだ。
「その代わりね、夜はすごくきれいなのよ。まるで花火がずっとあがってるみたいで」
女将さんはうっとりと目をつぶった。私も真っ黒い夜空に浮かぶ溶岩の明かりを想像してみた。きっと美しいだろう。不謹慎かもしれないけれど、それはちょっと見てみたいと思った。
「噴火は困っちゃうけど、浅間山がないと、ここはこんなに美しくないからねぇ」
女将さんも、浅間山を「近所に住む困った人」のことのように話す。
この町の人が浅間山について話すとき、言葉の端に、愛のようなものを感じるのだ。相手の悪いところをちゃんと受け入れて、共に歩もうとしている、そんな親密で複雑な関係を感じるのだ。
浅間山のふもとに住んでいると、嫌でも日々山の影響を受ける。そうなるとやはり、山を意識せざるを得なくなる。
まず、水の硬度がすごく高い。
硬度が高いとは、つまり、ミネラルを多く含んでいるということだ。東京の水道水と比べると倍以上の硬度らしい。
そのため、台所のシンクは何度擦ってもすぐに真っ白になってしまうし、ガラス食器も真っ白だ。さらには、水質が変わったせいで、引っ越してきてすぐ髪質が変わってしまった。それまで使っていたヘアケア商品が全く合わなくなってしまったのだ。
気候も厳しい。夏は涼しいが、冬はとにかく寒い。
標高が高いのと、浅間山から吹き降ろす風で、冬の気温はマイナス10℃を下回ることもある。引っ越してきて初めての冬は、死を覚悟するほどの寒さというものを体感し、恐れおののいた。
本州の中でもかなり寒い町で、札幌と同じくらいの気温だと聞いたときは、なんでこんなところに引っ越してきたのかと後悔したものだ。しかも、10月から4月までずっと冬だ。毎年長く厳しい冬を乗り越えなければならない。
決して住みやすい土地ではない。
しかもそれはすべて、浅間山のせいだ。でも、この土地に住む人はみな、浅間山に何か特別な感情をもっている。愛のような、畏れのような、複雑な感情だ。
「浅間山に3回雪が積もったら、町にも冬がくる」
「浅間山の雪が減ってきたら、町にも春がくる」
これは、引っ越してきてすぐ、大家さんに教えてもらった。この町に住む人ならだれでも知っている言葉だ。毎日、浅間山の山肌を見て、季節の変化を感じ、生活のしるべにしているのだ。浅間山が、生活の基盤となっている。この山に抱かれて、生きているのだ。
仕事を終えて会社から出ると、また浅間山が見えた。
日の射し方の変化だろうか、朝見たときとは違う表情だ。夏になって、いつもは茶色い山肌が上の方まで緑で覆われている。服を着ているみたいだ。もうすぐ夏が終わるから、また茶色くなっていくだろう、なんて、考えている自分に気が付いた。
この土地に引っ越して数年、私もすっかり浅間山と共に生きる人になっていた。
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