メディアグランプリ

未読本からのメッセージ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ひでさん(ライティング・ゼミ特講)
 
 
「なりたい自分になる」
そんな言葉が、街にはあふれている。
 
「っで、自分は何になりたいんだっけ?」
そんな疑問が頭をよぎる時、私は本屋や図書館に出掛ける。
 
そして、普段は寄らないような本棚を回ってみる。
馴染みのないタイトル、テーマ、著者……。
圧倒的な量の本を前にすると、嫌でも自分の無知を自覚せざるを得なく、自然に謙虚な気持ちになる。
まず、この感覚が大切ではないかと思っている。
そうして、無目的に歩きながら、本を眺めていると、これだけの本に込められた作り手や関係者の想いを愛として感じられることがある。
素敵な本に巡り合うのはそんな時だ。
必要なタイミングで、今の自分に必要な本との出合い、そして、夢中になって読む。
 
読んだ内容を頭で理解することも大切だけど、心で感じることも、自分の変化、成長にとって、時には重要になる。
なぜならば、感じる世界でこそ、変容が起こるという体験があるからだ。
心に刺さったり、感情を揺さぶられたり、そこに自分一人では得られない気づきがあり、従来の思考パターンが崩れ、新たな行動が生まれることで変化する。
きっかけは、そんな「図書感」である。
 
また、「人、性善なれど、性怠惰なり」とは、よく言ったもので、怠惰な自分に喝をいれてくれるのも、私の場合は本であることが多い。
自分の歪んだ思考の是正、元気回復にも読書はもってこいである。
講義や会話のように、周りに合わせるのではなく、自分のペースやリズムで進めることができるのも心地良い。
たしなめられるような文章に出合っても、読み手側に主導権があるからだろうか、素直に受け取りやすいのも読書の特徴だと思う。
 
ところで、なりたい自分に、なぜ本や読書が関わるのか?
それは、こんな体験があるからだ。
 
大学時代のことである。
同じ学科で、同じ研究テーマを持つ友人の下宿へ遊びに行った時、目に留まった一冊の本があった。
『ゲーデル、エッシャー、バッハ』
大学の教科書に挟まれていたその本は、専門書の中でもひときわ分厚く、ちょっとした事典のようだった。
ゼミ室にも見覚えのない初めて見かける本だったが、研究テーマに関係するのだろうと思い、「ちょっと見せてね」と一言断って取り出してみた。
 
どんな内容なのか目次を見てみるが、正直言って理解不能。
「なんだこれは? これが研究に関係するの?」
そんな思いが先行し、チンプンカンプンでその価値が分からなかった。もう少し時間をかけて読んでみる選択肢もあったが、1分と経たない内に「ありがとう」と言って、友人の本棚に戻した。
「難しい本を読んでるね」
そう言うのが精いっぱいだったくらい、自分には遠い存在の本だった。
思えば、そこには「あいつはこんな本を読んでいるのか」という軽い嫉妬に似た感情があったかもしれない。
 
それから20年以上経って、私はその本に再会することになった。
自分が参加しているコミュニティで課題本になったからだ。
「えっ? もしかして、あの時読めなかった本?」
私は、そのタイトルを二度見すると、ゆっくりとひと呼吸した。
「あの本か……」
すると、記憶の底に沈んでいたあの日のことが蘇ってきて、懐かしい気持ちになっていくのを感じた。
 
翌日、会社帰りに街の大型書店に寄ってみた。幸い、20年経過していてもその本は絶版になることなく、ある一画の本棚にたたずんでいた。
「待ってたよ」
その本は、そう語りかけてくれているようだった。
 
20年という歳月が、ある方向性をもって私を成長させてくれたのだろう。大学生の頃には抵抗感のあった文章がとても興味深く感じられ、面白さを感じながら読み進められるようになっていた。
 
この本を楽しく読めるようになっている自分がうれしかったし、読後にこの本について語れることができると考えると、「とても恵まれているなぁ」と思った。
だって、自分が大好きなことについて考えることができ、その探究について意見交換ができる仲間がそばにいるのだから。
そこには幸せがあり、心満たされている感覚があった。
 
好きなもの。
大好きなテーマにも、共に探究する人にも囲まれている。
当たり前のようだけど、奇跡のようだと感じた。
そして、この本を20年前に読みこなしていた友人を素直に尊敬し、そして感謝の気持ちが湧きおこった。
 
「いつかこんな本を読める自分になりたい」
そんな気持ちが、自分の思考や行動に影響を与えていたのだろう。
 
読めなかった本にも、人生を変える力がある。
 
 
 
 
***
 
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2019-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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