小さな魔女が教えてくれた、“つまらない”の解き方
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:緒方愛実(ライティング・ゼミ特講}
「はぁ、窮屈だ。何もできなくなる」
私は一人、弱音をポロリとこぼした。
来月からの仕事が、不安で、苦しくてたまらなかったからだ。
尊敬する先輩が突然退職してしまった。
歳が近く、いつも相談に乗ってもらっていた。1番心の距離が近い方だった。
仕事の面でも大変有能で、複数の仕事をバリバリとこなす、とても尊敬できる女性だった。なのに、私には何も知らせず、会社を去ってしまった。
そんな先輩が抜けた穴は大きい。
先輩が来月担当するはずだった仕事を、上司と務めることになった。だが、上司も忙しい人だ。結局は、私が1人外回りにでなければならない。
1ヶ月間、テーマに沿ったイベントを取材する。あらかじめ決められた地域の中の、参加店舗を取材し、その内容をSNSで逐一アップロードする。平日だけでなく、土日も。休みなんてあってないようなものだった。
そこには自分の意思なんてない。その仕事をすることも、上司たちが決めてしまったことだった。
役目を果たすために、各所に飛んで行く。同じところを行ったり来たり。
まるで、伝書鳩のようだった。
好きな所に飛んで、翼を休めることなんてできない。その翼は重たくて、心は凍りついたように冷たかった。
プロジェクトが開始する1週間前、私は馴染みのカフェにいた。
月に数回、そこでドイツ語のレッスンが行われている。仕事とはまったく繋がりはない。趣味の1つとして、私は数年前からそこでドイツ語を勉強していた。
日常から切り離された特別な空間で、気の合う人達と、趣味に没頭できる。私の安らぎの時間だ。
「あ、雪!」
生徒の1人が、窓の外を指さした。
教科書から顔を上げると、道路に面した大きな窓の向こう、空から白いふわふわしたものが降りて来る。
ああ、この雪は、積もるやつだ。
私の住む地域は、盆地。夏は熱が、冬は冷気が貯まりやすい。都会でチラッと降るほどの小さな雪でも、命取りだ。一瞬で地面を覆って、分厚く積もる。そして、何日も溶けずに居座って、交通機関を麻痺させるのだ。最悪、自宅に缶詰になるだろう。何も出来ず、じっと家に閉じ込められる。
とっても不自由で、窮屈だ。
ふと、仕事のことを思い出してしまった。
窓の外のあの空のように、あっという間に頭の中が鉛色の思考でいっぱいになる。
癒しの時間まで邪魔するなんて、嫌な感じだ。
頭を切り替えることもできず、いつまでもウジウジ考えて引きずっている私自身も嫌だった。
雪雲を、眉間にシワを寄せてにらんだ。
どこに行っても窮屈だ。
「はぁ、何にもできなくなる」
思わず、苦々しい声で呟いてしまった。
「どうして?」
ハッとして、隣の席に顔を向ける。
同じ語学コースに通っている方の娘さん、幼稚園生のTちゃんが小首を傾げている。お母さんと一緒にカフェに来て、授業が終わるまでいつも本を読んだり、折り紙遊びをしながら待っている利発な子だ。
「どうして、何もできないの?」
不思議そうにもう1度私に質問をする。
私は、Tちゃんに体ごと向き直る。
「だって、雪が積もるでしょう? そうすると、車でお出かけもできなくなるし、ずっと家の中にいなくちゃいけなくなる。何にもできなくなって、つまらないじゃない?」
私の言葉を真剣な顔で聞いた後、キョトンとする。
そして、えー! と椅子から仰け反った。
大きな目をさらに丸くして、私にグッと迫る。
「そんなことないよ! することはいっぱいあるよ」
「え?」
今度は私が目を丸くする。
「だって、雪が降ったらね、まず雪遊びができるでしょ? 雪だるま作ったり、雪合戦したり。それに飽きたら、ご本読んだり、みんなで映画見たりもできるし、することいっぱいで大忙しだよ!」
とても真面目な顔で、指折りスケジュールを教えてくれる。
そして、私の顔を見上げた。
「楽しいことはさ、自分で見つけないと!」
ドキリ、とした。
そうか、楽しいことは色んなところにあったのか。
窮屈で、不自由。つまらないと決めつけて、目を塞いでうずくまっていたのは私だった。
なぜ、この職業を選んだのだっけ?
各地に散らばる、楽しいこと、すてきなことを見つけたかった。こんなすばらしいこと、すばらしいことを生み出す人がいると、多くの人に発信したい。知ってもらいたかったからじゃなかったのか?
確かに、これから仕事は忙しくなる。
でも、その時間の中でたくさんの方に出会い、様々な経験ができるだろう。
仕方なくやらされている、と思い込んでいただけだったのではないだろうか?
つまらない、の呪いをかけていたのは私自身だったのだ。
小さな魔法使いの魔法の呪文で、凍っていた心と翼がスっと軽くなる。
私の瞳に、火が灯る。
「そうだね、楽しいことは色んな所に落ちてるんだね! たくさん見つけるね、私も」
私の言葉にTちゃんがニッコリと満面の笑みを浮かべた。
“つまらない”の呪いは、色んな所に潜んでいる。
家の中にも、職場にも。繰り返す日々の中に。
でも、その時間は同じだろうか?
うつ向いていた顔を上げて見渡せば、色んなことが見えて来る。
夕陽がきれいだとか、すてきな服に運よく出会えたとか、カフェに新しいメニューが増えたとか、ささいな発見に面白がるのもコツだ。
もしかしたら、身近な人がカケラを持っていることもある。
あなたの心に魔法をかけて、呪いを解いてくれるかもしれない。
あの小さな魔法使いのように。
暖かなカフェの扉を開けて一歩踏み出すと、外は静まり返り、空気はキンと張り詰めていた。これは本格的に雪が積もる前ぶれだ。指先があっという間に冷えたけれど、不思議と寒くはなかった。
失いかけていた情熱が、再び私の体をかけ巡っているから。
これから始まる日々は、過酷なものになるだろう。しかし、きっと私はかけがえのない経験を手にする。
軽やかな足取りで、私は雪がチラつく街を歩き出す。
さぁ、“楽しい”の欠片探しの旅のはじまりだ!
晴れやかな気持ちで、私は翼を大きく広げた。
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