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メディアグランプリ

茶ばばに教わる非日常の先にあるもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:つちやなおこ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ああいう人たちを、茶ばばっていうらしいよ」
 
私がこの茶ばばという言葉を初めて聞いたのは、学生時代の茶道にどっぷりはまっていた頃だ。
 
当時、日本美術史を専攻していた私に、西洋美術史の華やか女性の教授が「家も近いし、一度、我が家に遊びに来ない?」と誘ってくださった。伺ってみると、同じマンションの中に自宅とは別にもう一室、茶室に改装された部屋があり、そちらに通された。ドアを開けるとヒノキの踏み台があり、一段上って和室のふすまがあった。緊張しながら開けると、中は、床の間に掛け軸とお花が飾ってある以外、一切ものがない空間だった。
そこで、初めて先生にお茶を点てて頂いた。その時は難しいことはわからずとも、そこにある空気感が心地よかったのが印象的だった。そして、ただただお菓子とお茶がとても美味しかった。「じゃあ来週ね」と最後に言われて、お遊びに来てねなのか、お稽古しましょうなのかよくわからないまま、先生の教室に通うことになった。
 
文系の大学院生の時間は有り余っていたし、自分の専攻の美術品のことを学べるのも有り難かった。毎週、火曜日の昼の2時から5時に自分のお稽古、夜の6時から9時に社会人クラスのお手伝いに通い続けた。
 
院生時代は楽しくも先が全く見えず、自分がとても中途半端な存在であるという不安が、ある頻度でコンコンとドアをたたいてやってきた。そこに、間断なく淡々とお茶を続けることで、生活にリズムができてとても安心した。茶道はすべて型が決まっていて、一通り覚えると、ひたすらそれを繰り返すのだが、少しずつ道具や設えが変わるとその場が変化する。毎回、手順が同じだからこそ、小さな変化にとても敏感になり、五感が研ぎ澄まされる感覚を身をもって体感する。この洗練された非日常の世界にどっぷりハマってしまった。
 
1年くらい経った頃、「お献茶にいってみない?」と誘われた。言葉は聞いたことがあったが、実際に見たことも行ったこともなかった。早朝から着物を着て、待ち合わせの場所に行く。もう、それだけでかなり厳かな気持ちになっていた。
 
その日はあるお寺のお献茶でお家元がお茶を点てるとだけ聞いていた。境内に入り、立て札を目印に進むと、もうすでに長い列ができていた。そこには私が想像していたお茶をする人のイメージとは全く違う空気感があった。
 
まず、おばさまたちが着物姿で華やかだ。でもそれだけではない。一言で言えば、ピンクだ。濃いピンク色の空気がその一体を覆っている感じだった。お茶という世界との違和感を覚えつつも列に加わって待っていると、若い着物姿の男性が、「どうぞゆっくりお進みください」と伝えにきた。
 
その瞬間、そのピンクの空気がどよっと動いて、一斉に走り出した。「あなたも走って!」と言われて、慌ててついていくと、お献茶をする本殿にたどりついた。そこですごいものを目にした。先頭集団を走っていたおばあさま方が、持っていたバッグをいきなり投げたのだ。スローモーションのように、仏間にバッグが飛んでいる、ものすごくシュールな映像だった。そして、あっという間にそこに滑り込んだ。そう、我先に一番前を取るべく、席取りをしていたのだ。もう唖然!
 
いざ、お家元が入ってこられて、お献茶が始まると、今度は携帯をスチャっと出して、バッグで隠しながら写真を撮っていた。隠し撮りだ! そして、お隣と見せ合いっこが始まった。
 
終わる頃にようやく分かった。ああ、お献茶は、おばあさま方にとってはアイドルのライブなのだ。うちわの代わりに扇子を手に持ち、テンションの高いきゃっきゃとした雰囲気、ジャニーズのライブ会場と同じだ。どうりでピンクだ。圧倒され、苦笑していると、お茶の先輩が教えてくれた。「ああいう人たちを、茶ばばっていうらしいよ」と。
 
お稽古には、それから6年くらい通い続けたが、先生が体調を壊されて、お稽古自体がだんだん難しくなり、自分にも子供が生まれて、フェードアウトしていった。
 
昨年、樹木希林さん主演の「日日是好日」という映画を観た。お茶を習ったことのある人なら、そうそう、そうなんだよねというせりふや情景、気持ちの機微が沢山出てきて懐かしく思うだろう。ああ、またやってみたいなと思った。あの五感が研ぎ澄まされる感じ、忙しい今だからこそ、年齢を重ねた今だからこそ、またやってみたいと思った。
 
そして、同時に、今の私にはあの茶ばばたちの気持ちが少しわかるのだ。慌ただしい日常から離れて、研ぎ澄まされた非日常に浸る。それはとても素敵な時間だ。でもそれだけではない、それとバランスを取るようにとてもピンクなぶっとんだ超現実の世界がまた必要になるということが。ああ、私もとうとう茶ばばに片足をつっこむのかぁと想像すると、ちょっとおかしくもあり楽しみでもある。
 
 
 
 
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2019-09-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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