桃の皮むき中毒の母、新たなる快感を教えられる
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:井村ゆうこ(ライティング・ゼミ平日コース)
桃好きの方に、お聞きしたい。
「桃の皮、上手にむけますか?」
数ある果物のなかでも、皮のむきづらさで言ったら、桃は間違いなく、上位3位以内に入ってくるだろう。もともと固い品種の桃であったり、熟れる前の、固い桃であれば、問題はない。リンゴやナシと同じくらい簡単に、きれいに包丁で皮をむくことができる。
やっかいなのは、やわらかい桃だ。熟れた桃は、果肉からあふれ出す果汁が手を滑らせ、包丁の刃が薄い皮だけをはぎ取とうとする邪魔をする。そうかといって、包丁を使わずに手で皮をむこうとすると、未練たらしい女が元カレにすがりつくように、皮に果肉がはり付いてくる。
私はずっと、桃好きだけど、熟れた桃の皮むきが苦手だった。
そんな私が、この夏、熟れた桃の皮むきに夢中になった。
桃の皮を「ツルっとむく」快感中毒になった。
私は普段、皮のむきやすさから、お店でよく品定めをした、まだ若く固い桃を買ってきては食べていた。ところが、この夏の初め、桃を冷蔵庫の奥にしまうこと数日、その存在をすっかり忘れるという失態をやらかした。気づいたときには、後の祭り。桃は、ゆで時間を3分オーバーしたパスタの如く、やわらかくなっていた。
これはすぐに食べないとまずい。ということで、早速桃に包丁を入れた。
あれ? 思ったよりは、まだ固さがあるぞ。しかも、包丁を入れたところの皮が、実から少し浮いているような……。これはもしかして、もしかして、手で皮がむけるかも?
桃好きの勘が騒ぐ。
私はいっきに、手で皮をはがしていった。すると……あら、不思議!
皮がツルっとむけたのだ。
皮はごく薄く、世のお母さんたちが「もったいない」といって、皮に残った実を、こそげ落として食べる必要など全くないくらいに、気持ちよくむけた。
しかも、食べてみて、2度びっくり!
歯ごたえと甘みが絶妙なのだ。実は固すぎず、やわらかすぎず、ちょうどいい食感。そして、固いうちに食べるときの、何倍もの甘みが、口いっぱいに広がった。
そして何より、そして何より! 皮がツルっとむけたときの快感が……なんて、気持ちいいんだ!!
ゆでたまごの殻をツルっとむくときの、かさぶたをベロっととるときの、値札のシールをペリっとはがすときの……何倍も気持ちがいい。何倍も病みつきになる。
こうして、私は桃の皮を「ツルっとむく」快感中毒になった。
桃の皮を「ツルっとむく」快感に捕らえられた私は、この夏ずっと、桃の皮をツルっとむいては食べ、ツルっとむいては食べた……と、言いたいところだが、実際には、気持ちよくツルっとむけてくれることは、少なかった。
まだちょっと早過ぎたのか、手でむき始めても、途中でうんともすんとも言わなくなる。熟れ過ぎたのか、皮に分厚い果肉がくっついてはがれ、食べるところがほとんど残らない。そんなことの連続だった。
「あー、あのツルっとむけたときの快感よ、カムバッ~ク」
と思いながら、キッチンで桃の皮をむいていた私の元に、6歳になったばかりの娘がすごい勢いでやってきた。
「どうしたの、そんなにあわてて。家の中では走っちゃいけないって、いつも言ってるでしょ」
「できたよ! はじめて全部できたんだよ、ママ。ちょっとこっちに来て!!」
そう言って、娘が私の手を引っ張っていった先には、真っ白な電子ピアノ。
まだ朝の7時前だったので、近所迷惑を考慮して、娘はヘッドホンをつけて、ピアノの練習をしていた。
ピアノを習い始めて約半年。2ヶ月後に初めての発表会を控え、いつもはお尻をたたかれないと練習をしない娘が、ここ一週間くらい、進んで練習するようになっていた。発表会に向けて、曲の難易度も上がり、使う手も片手から両手へと、レベルアップしていた。
「ママに聴いて欲しいから、音出して、ひいてもいい?」
「うん、いいよ。特別ね」
初めて娘が、両手で「ちょうちょ」を弾いた。
そのとき、私の体を、桃の皮がツルっとむけたときと、同じ快感が走り抜けた。
その快感は、桃の皮がもたらす何十倍も、何百倍も激しく、私の脳神経細胞を刺激した。
子どもは、桃と同じように、ちょっとずつ確実に成長している。そして、ちょうどいい具合に熟れたところで、ツルっと皮を脱ぎ捨てていくのだ。そうやって、「できない」自分から脱皮して「できる」自分を獲得していく。
その瞬間、瞬間に、ツルっと皮をむく快感を、ひと皮むけるよろこびを、娘もきっと全身で感じているに違いない。
毎日毎日、新しいことに挑戦し、子どもが積み重ねている成長を、親はいちばん近くにいるからこそ、常に感じとる、ということは難しい。
親にできることは、子どもが自分なりの速度で熟すのをじっと待ち、子どもの「皮がツルっとむける」瞬間を、その快感を、見逃さないこと。
それだけだ。
桃の皮を「ツルっとむく」快感中毒の母に、桃の皮以外にも、ツルっとむける快感があることを、それが強烈な快感であることを、教えてくれた娘よ、ありがとう。
母は気づいたぞ。
桃の季節が終わろうとしている今、快感を求めるべきは、桃ではなく、自分自身だということに。
今受講している、天狼院書店ライティング・ゼミの、次のステップに挑戦するぞ。
母が書き手として成長し、いい具合に熟れるまで、待っていておくれ。
今度は母が、ツルっとひと皮むけるところを、お見せしようではないか。
そして、あの快感をいっしょに……もっともっと、味わっていこうではないか。
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