午後6時の境界線
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記事:小田桐紗矢香(ライティング・ゼミ 日曜コース)
「へえ、羨ましい!」
私が今務めている会社の特徴について話すと、ほぼ全員からこういう反応が返ってくる。
「うちの会社ってさ、社員全員が残業ゼロにコミットしていて、社長も含めて一切残業無し。有休取得率は全員100%。ついでに有休は1時間単位で取れるし、モバイル勤務・在宅勤務は本人の裁量で自由にできるんだ。あと、ランチ代補助付き。」
どうだろう?
こんな企業、日本にはなかなかないのではないだろうか。
「なんて働きやすそうな会社なんだろう!」という声が聞こえきそうなところだが、
実際、びっくりするほど働きやすい上にメンバー同士の仲間意識も強く、業績も創業以来右肩上がり。おそらく日本で最も働きやすい会社のひとつだ。
けれども。
だからといって「働くのが楽」なわけでは全然ない。
むしろその逆で、「毎日働くのがしんどい」のが私の本音である。
今の企業に転職してちょうど1年経つが、こんなにも「絶対に残業できない」「休まなければいけない」ことが苦しいだなんて、1年前の私は知る由もなかった。
ところで、今年の4月、なんと70年ぶりに労基法が改正されたことをご存じだろうか。
法改正前は従業員の労働時間は事実上青天井で、企業側は従業員をいくらでも働かせることができた。
今回の改正により、労働時間の上限が法律で定められ、さらに違反した場合は企業側に罰則もつく。いわゆる“働き方改革”関連法案だ。
日本人があまりに長時間働きすぎていて、その結果身体や心のバランスを崩しまう人や、家庭を犠牲にしている人が後を絶たないから、
「もっと効率的に働いて家でゆっくりする時間を増やしてさ、リフレッシュしようよ。その方が次の日の業務に向かう方がきっといい仕事ができるよ」という国からのメッセージだと思う。
だけど、働き方改革や労働時間削減、と聞くと
「残業代削減のためでしょ?コスト削減で、企業側にしかメリットがない」という従業員側の声や、
「従業員を早く帰らせるって、この業績が厳しい時に社員に楽をさせるつもり? サボる社員が増えるんじゃないの」
といった企業側の声も多く聞かれる。
でも、はっきり言ってこれらの意見は本質的には的外れ。
働ける時間の上限を決めて「残業ができない」「有休を取得しなければならない」ということは、限られた時間の中で業務を絶対に終わらせねばならないということ。
今まで残業に頼っていた業務をより短い時間内で終わらせるためには、当然、これまでと同じ仕事のやり方のままではNOということになる。
サボるどころか、仕事への負荷は間違いなく上がるはずなのだ。
例えば、私の場合。
入社当初は余裕を持って1日の業務を終えられていた。
ところが日に日に任される仕事量が増え、アサインされるプロジェクトが増え、みるみる処理が追い付かなくなっていった。
未読のメール数、確認待ちの書類、忘れかけてた各種申請……。
その度に仕事の進め方を見直したり、やらなくてすむ方法を考えたり、時には取引先にゴメンナサイして締切を伸ばしてもらったりして、なんとかここまで切り抜けてきた。
そう、なんとか。
毎日ひぃひぃ言いながら仕事に向き合い、定時の午後6
時をを過ぎると「な、なんとか今日を乗り越えた……」とふらふらしながらPCの電源を切る。そして朝まで絶対に開かない。だってサービス残業絶対禁止。
以前の働き方だったら「今日終わらなかった分は残業で片づけちゃおう」とできていた。
そうやって自分の実力不足を見てみぬふりをし、努力を怠り、残業という逃げを選んでいたのだ。
今は今日終わらない業務があったとしたら、「次からは必ずやり方を変えなければならない」という負荷になる。
その負荷に耐え切れず、日々タスクに未完了感に「おえっ」となりそうなくらい苦しみ、実力不足を嫌ってくらいに突き付けられ、
「私の能力なんてこんなもの……? 」
と、一体何度心が折れそうになったことか。
こうやって、わが社では社員みんながストイックに業務をこなしている。
まるで自己ベスト更新を目指して筋トレに励むアスリートのように、地道に生産性を上げ続けることによって処理量の“限界”を突破し、わが社は成長してきたのだ。
だから前職での働き方を思い出してこう思う。
「ああ、残業できるって楽だったんだ」
残業ゼロで、有休取得率100%。
それは、決して、決して楽な働き方ではない。
もし「残業ゼロで楽でいいね」なんて言う人が目の前にいたら、私は「超しんどいよ」と返すだろう。
そしてこう付け足す。
「けど、まあ、しんどいだけじゃないかな。
定時に帰れるから家族みんなでごはんを食べれるし、
有休を遠慮なく使えるから、子供の学校行事に参加できるし自分の時間も保たれる。
そしてね、何より日々自分の成長を感じられるんだよね。
苦しい、辛い、と思いながら必死に食らいついて、どこかでぱっと視界が開ける瞬間があって。
自分の限界値を超えていく快感、悪くないよ。」
午後6時、この時間を目指して全力疾走するか、気にせず通り過ぎるか。
そこには大きな境界線があるような気がする。
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