メディアグランプリ

通帳の残高3億円


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:伊藤千里(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「うわ、なにこれ!! めっちゃもったいないじゃん」
 
そういうとき、いつもその人の通帳を見せてもらう。
その人の通帳の残高は、なんと3億円だった。
 
私は小さいころから何でも「とっておく」ことが好きだった。
 
大好きなおかずは、一口分を必ず最後にとっておく。
気に入ったメモ帳や便せんは必ず一枚とっておく。
好きなキャラクターの鉛筆は削らないでとっておく。
すごく面白い小説の最後の章は、読むとその本の世界が終わってしまうのがもったいなくて、長い間読まずにとっておく。
 
手元に残しておくと、ずっとそれを楽しめる気がするから。
使わずに残しておいたものを、たまに取り出してみるとわくわくするから。
 
大人になったら、時間とお金をとっておくようになった。
 
まずは、時間。
だって、後でゆっくりしたいから。
 
仕事は効率重視で、常に段取りを計算して最短で終わらせる。ながら作業のマルチタスクもお手のもので、とにかく急いで終わらせて、後に時間を残すことに集中する。
家事はなるべく時短の工夫やつくりおきを駆使して、後のために時間を節約する。
 
「今これをやっておくと、あとで楽になるから」
 
次にお金。
だって、老後に2000万円貯めないといけないらしいもの。
 
食材はなるべく見切り品などを選んで節約する。
帰宅途中にお腹が死ぬほどすいても買い食いはしないし、外食なんてもってのほか。
断れなくて行く飲み会はお金を使う罪悪感でいっぱいで、友達とカフェに行っても一番安いコーヒーしか飲まない。
 
ほんとは大好きなスイーツを食べながら、カフェで本を読みたいけれど、その贅沢は一か月に1回だけ。
本だってなるべく中古で買うか、図書館で借りるか立ち読みで済ます。
 
「今我慢しておけば、後で余裕ができるから」
 
今やりたいこと、欲しいもの、目の前のことを我慢して、後のために時間とお金をとっておくことには大成功。
 
でも、そうして得た時間とお金を、私はいったいいつ使えるのだろう。
 
時間やお金を「後のために」とっておくのだが、その「後」はいつくるの?
その「後」が「今」になったら、また「後のために」と「今」を犠牲にするんじゃないのかな。
私は永久に「今」を「今」のために使えないんじゃないのかな。
 
ああ、これってあのときの……残高3億円みたいだな。
 
その通帳の持ち主は、家の中でたった一人で死んでいた。
いわゆる「孤独死」というやつだ。
 
私は仕事の関係で、亡くなった方の家の状況や持ち物を確認する作業していた。
その時に見た通帳の残高が3億円だったのだ。
 
その人は、数年前に宝くじに大当たり。
でも、ほとんど手を付けていない3億円の預金。
 
その人は、いつ使うつもりだったのだろう。
いつまでとっておくつもりだったのだろう。
 
いつ使えなくなるかわからないのに。
 
私が「今」を我慢して、「後のために」時間やお金をとっておいたって、あの3億円預金と同じようになるかもしれない。
私が作った3億円……時間を、お金を、本人は使えないまま死んでいく。
 
「今」したいことを我慢して、
「今」欲しいものを我慢して、
作りあげた時間とお金。
 
それを私はいつまでとっておく?
いつ使うつもりなの?
私にそれを使っていい「今」はいつ来るの?
 
自分で使えない3億円預金をせっせと作ってどうするの。
 
「うわ、なにそれ!! めっちゃもったいないじゃん」
 
 
 
 
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2019-09-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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