ホエールウォッチングの船長になった日
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:射手座右聴き(ライティング・ゼミ秋の9日間集中コース)
「今日はどんな人が来るかな」
向かいの席で、友人が笑っている。
私はちょっとプレッシャーを感じ始めている。
ここは、銀座ルノアール、新宿靖国通り店。
毎日のように来ている店だ。
仕事をするには、最高の喫茶店がルノアールだ。
都内の主要駅ならば、徒歩5分圏内に見つけることができるだろう。
まず、各席にコンセントを備えているのが心強い。一人一人のスペースが広い。一坪1.5席と言うルールがあるらしい。
さらに時間を気にせずにゆっくり過ごせることを
セールスポイントとして公言している。
とにかくユーザーが快適に過ごせることを第一に考えた
コーヒーチェーンなのだ。
ゆったりした空間なのだから、ゆったりすればいいじゃないか。
そう思われる方も多いことだろう。
しかし、私はプレッシャーを感じていた。
それは、
ホエールウォッチングにお客さんを連れていく船長の気持ちに似ていると思った。
珍客よ、来い。早く、来い。
今日の目的は、商談ではなかった。
そう、珍客ウォッチングだったのだ。
友だちは珍客を期待していた。
ほぼ毎日、このルノアールで過ごしていると、珍客に出会う確率が非常に高い。
思わず、耳をそばだてずにはいられない珍客の様子を、
私は日々、SNSに投稿していた。そして、そこには、「いいね!」が
平均80-100くらいついた。
ただ、店の会話を聞いて書くだけで、「いいね!」がついた。
ルノアールの会話には、キラーワードや名言にあふれていたのだ。
「おっさんも小学生も同じ。褒めて育てるってことがバイトでわかったよね」
これは、女子大生の会話。キャバクラと学習塾のバイトを掛け持ちして
学んだらしい。
「犬もギャルも扱いは一緒だから、できる。きっといい店長になれるよ」
ペットショップの店長に、風俗店の店長をやってくれ、と説得していた男の言葉だ。店長がお金と一緒に消えてしまったので、代わりを探していたらしい。
こんなやりとりを書いていると、会う人、会う人に言われるようになった。
「ルノアールの投稿、面白いですね」
私は、調子に乗って書きはじめた。
耳をそばだてていれば、ネタは向こうからやってきた。
ご当地にはご当地のネタがあるものだ。
飯田橋なら、出版社の打ち合わせか、理系の大学生の試験勉強。
「締め切りが守れない書き手を守るのが編集者の仕事でしょう」と逆ギレする作家らしき人。
赤坂ならば、アイドルとマネージャーの会話。
「出たいフェスがあるなら、何をしたら、フェスの関係者と仲良くなれるのか。
自分で考えてみろ。具体的なことは俺の口からは言えないけれども」
「具体的なことは俺の口からは言えないけれども」を2回繰り返すと
マネージャー。
調子に乗って書き続けると、みんながこう言いだした。
「一緒にルノアールに行きたい。珍客をリアルに見たい」
そして、ついに今日。
ルノアールに友人と来た。なんとか珍客を友人に見せたい。
なぜなら、友人は、東京在住ではなかったのだ。
はるばる遠方から来て、観光気分で、このルノアールに来てくれたのだ。
その気持ちに応えたかった。
だから、ルノアールの中でも、最もネットワークビジネスが多いと実感している、ここ新宿靖国通り店を選んだのだ。
ところが、だ。
今日に限って、ビジネス客が少なかった。
一体どこへ行ってしまったのだろうか。日曜の夜。
それは、社会人に、ネットワークの勧誘には良い時間ではないか。
カップルばかりだった。
完全に当てが外れた形になっていた。
おーい、みんな。
新しい仮想通貨の話をしてもいいんだぞ。
どこかの国の株価と連動した投資の話はどこへ行った。
この際、そういうのでなくてもいい。
彼氏への不満をだらだらと話続ける20代女性でもいい。
誰か。面白エピソードを見せてくれ。
しかし、店内は、ありふれた喫茶店の気配しかなかった。
どんなに祈っても、この海に、イルカやクジラを見ることはできなかった。
「こちら、サービスのお茶です」
そう。ルノアールでは、コーヒーの店にも関わらず、お茶のサービスがある。
無料のお茶だ。これをすすりながら、さらに待つ。
しかたなく、いままでのエピソードを話す。
あの席では、スーツの採寸をしていたんですよ。
あの席で、占いをしている人もいます。
珍客が来ないなら、自分が見た珍客の話をするしかない。
友だちは、それを聴きながら、笑ってくれた。
「今日はいないけど、そういう人がいそうな空気はわかった」
そうフォローもしてくれた。
ふと、ガラス窓のを見ると、通りの向かい側から人がたくさんでてきた。
あ、そうか。
向かいの映画館からでてきた人が、ここでお茶しているのか。
向かいでは、大ヒット映画の上映中だった。
悪役が際立つ映画、ジョーカー。
「いつものアクの強い人たちを、吸い込むほどの悪役がいたか」
友だちには言えなかったが、思わずニヤリとしてしまった。
ホエールウォッチングの船長をイメージしながら、
友だちにはこう言っておいた。
「こんな穏やかな日に来れたのは、それはそれで運がいいかもね」
友だちがかすかに笑った。
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