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織田信長に勝ちたい! その一心で徳川家康は熱海の温泉を愛した

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記事:サカ モト(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
鳴かないホトトギスを前に「殺してしまえ」と命令した織田信長。その一方で「鳴くまで待とうではないか」と提案したのが徳川家康です。華やかに世に出て、あっという間に天下をとった信長。熟慮を重ねて盤石な体制で天下を取りにいった家康。家康と信長は戦国武将として成功をおさめた二人ですが、実は正反対のところにいて、ライバル関係でもありました。
 
そんな徳川家康は、熱海の温泉をとても愛していました。家康と熱海の温泉の出会いは、天正18年⁽1590年)。小田原征伐で北条氏を討ったあとに立ち寄ったことに始まります。その後、慶長2年⁽1597年)に来熱して、温泉を堪能。そして慶長9年(1604年)には、息子の徳川義直と、徳川頼宣を引き連れて7日間、湯治をしたという史実が残っています。今のように新幹線が通っていれば1時間弱で行ける距離ですが、当時の移動手段はカゴか馬。しかも難所の箱根八里を越さないと、辿る付けない場所。しかし家康は、その大変さもなんのその。2回も温泉に入りにきてくれたぐらい、熱海が気に入っていました。
 
徳川家康は健康オタクでも有名です。体を気づかい、いいといわれることは何でもしたといわれています。その家康がわざわざ熱海の温泉に入りにきたということは、体にいいことを知っていたからでしょう。その証拠に京都で病気療養中だった毛利元就の次男の子ども、吉川広家にも病気見舞いとして熱海のお湯を届けています。
 
では家康は、なぜそこまで熱海の温泉にこだわったのか? 私はそこにこそ、ライバル織田信長の存在が大きいのではないかとにらんでいるわけです。私は熱海で生まれ、現在は東京で暮らし、週末は実家に帰り、熱海ライフを満喫しているパラレルワーカーです。それぐらい生まれ育った土地が大好きで、“熱海まち歩きガイド”の資格まで取得し、街の歴史や地形などを学びました。そんなわたしが主張する、“家康が熱海の温泉にここまで執着した本当の理由”という仮説をたててみました。
 
熱海は昔から温泉が名物です。一昔前は、温泉はどこにでも出るものではなく、ありがたい存在でした。が、いまは48都道府県、必ず温泉があります。そもそも日本ってそんなに温泉が湧いて出るの? という疑問の答えは、“温泉”と呼べる定義が大きくかわったことにあります。昔と違い、最近は地表から摂氏25度以上のお湯が出てくれば“温泉”と認められます。これは一見するとなかなか難しそうですが、実は1000m掘れば、ほとんど20~30度のお湯は出てきます。だから掘削すれば、温泉らしきものは簡単に掘り当てられるのです。
 
しかし熱海の温泉は歴史が違います。491年、海底から噴き出した熱い水で魚が死んだというところが熱海の温泉の始まりです。温泉法が施工される前から、勝手に噴き出ているので、ポッと出の温泉とは違い、本物です。しかも家康が熱海の温泉に入った頃は、源泉から温泉が自然に噴き出し、湯量も豊富な頃です。たぶん加水もあまりすることなく、温泉の成分そのものを楽しんだ時代だと思われます。
 
では今の熱海の温泉も、家康が入った頃と同じかと聞かれれば、「ノー」と答えざるえません。温泉があるところに人は集まる。するとそこに色街ができて、遊技場ができて、宿ができて、大人の社交場がうまれる。明治から昭和にかけて、熱海は政界、経済界の大物が多く訪れました。それと比例して、至るところで掘削して温泉を出す。その結果、温泉は枯渇し、大正時代には自噴することはなくなりました。そして今の温泉は加水されているので、家康が入っていた頃よりも成分は確実に薄くなっています。だから家康が入っていたお風呂より、もっと入りやすくはなったはずですが、成分は少々薄めです。
 
熱海の温泉の成分は弱アルカリ性。これは家康が入っていた頃とほぼほぼかわっていないと思います。この弱アルカリ性の効能は、お肌にとてもよく、角質をとってツルツルスベスベにしてくれます。女性がまさに喜ぶお湯ですが、実は家康が熱海の温泉を愛した理由がここにあると私は考えています。
 
家康と信長は、歴史的にみれば、功績も知名度もほぼ互角の勝負です。しかし家康が信長に大きく負けていた点があります。それは二人の肖像画をみれば一目瞭然。イケメンの信長に対して、ご隠居さん風に描かれる家康。容姿の面では、徳川家康はいつも織田信長にコンプレックスがあったに違いありません。そんな家康がある日、熱海の温泉を知る。なんと入った日から、肌はスベスベに、男っぷりも3割上がる……。こんな魔法のような温泉があったのか! とこの日から家康は熱海のお湯のとりこに。そしてこの温泉を手に入れれば、「おれは信長より美しくなれる!」と。その結果、伊豆は徳川家の領土になったかはわかりませんが、家康は熱海を幕府の直轄領として、長逗留しやすいようにしたことは間違いありません。
 
あくまでこれは私の想像ですが、熱海の温泉がお肌にいいということはまぎれもない真実です。徳川家康が、「信長に勝てる! 」とたぶん確信したであろう、熱海の温泉。ぜひ実際に入って、実感してみてください。
 
 
 
 
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2019-11-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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