メディアグランプリ

修正はサンドイッチ方式で


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記事:卯月みやこ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
初めて担当した漫画家S先生と出会ったのは、フォーシンズンズホテル椿山荘のラウンジだった。
憧れの漫画編集の仕事。数か月にわたる紙面作成業務……原稿のコピーや、原稿取り、記事作成やネーム指定、原稿作業などの業務を経て、やっと漫画編集者としての本格的な第一歩、担当をもつ、というところにきた。
まず電話での担当変更のお知らせで、編集長K氏が電話口でS先生に伝えるのが聞こえた。「今回編集にとって初めての担当漫画家になります。色々教えてやってください」S先生は、漫画家歴も20年強、単行本も数十冊出しているベテランの漫画家だった。
「これから、どうぞ、よろしくお願いいたします。頑張ります」緊張する私に、S先生は「では今度、会社の近くまで行きますから、顔合わせしましょう」と提案してくださった。
 
私が漫画編集を志したのは高校生の頃だった。物心つくころから、本を読むのが大好きだった。物語を考えたり、絵を描くのも好きだった。
小学校に入って「りぼん」「なかよし」を読み始め、漫画に夢中になっていった。途中から「ちゃお」と「週刊少年ジャンプ」も買い出す。小学校高学年になると、「ガラスの仮面」を始め、自分が面白いと思った漫画を、学校でクラスの友達に貸出したりした。まわりも面白いと言ってくれ、広がっていくのを見ると楽しかった。傍らで、ノートに漫画を描いて友達と見せ合ったりもしていた。この頃の夢は漫画家だった。
中学生になる頃、自分が漫画を描くのは無理だな、と思い始める。顔を書くのは好きだが、漫画は体も背景もきちんと描けなければならない。面倒で、無理。そんなパーツ、描いていく根性はない。短編の小説を描いたり、落書きしたりをたまにしながら、様々なジャンルの漫画作品を買って読む日々だった。
高校受験に失敗したときに落ち込んだつらさを救ってくれたのも漫画だった。「YAWARA」「BANANA FISH」を買って読んでいたら、面白さに、悲しいという気持ちも吹き飛んだ。
そして高校になって漫画のあとがきなどで編集者という存在を知る。漫画家は編集者とやりとりをしたり、締め切りを追いかけられたりして、漫画ができていくんだ。自分が作品を作る側だと、自分の作品しか作ることはできない。でも編集者だったら、たくさんの面白い作品作りに関わることができる。漫画編集になりたい、そう思うようになった。
大学を卒業したときには、漫画編集募集の仕事はほぼなく、あらゆる出版社を受験しまくった。そして、雑誌や単行本を出す中堅の出版社に受かり、2年9か月後、漫画編集の募集を見つけ、転職したのだった。
初めて見た原稿は、エロ漫画だったのだけれど、それでも生原稿の画力に圧倒された。そこから3か月の周辺業務を経て、部署を移り、ついに担当をもつところまできたのだった。
 
初めて入るきらびやかな一流ホテル。重厚なソファと机、一面ガラス張りの窓からは、東京と思えないような、緑の小高い丘のようになっている庭が広がっている。夢のような世界。
「漫画家さんにとっても初めての担当というのは、一生残るのと同じで、編集者にとっても、初めて担当する著者というのは、とても重要なものなんですよ。よろしくお願いしますね」と編集長が紹介する。
ドキドキしながらも何冊か、読んだ彼女の漫画の感想を伝え、なぜ自分が漫画編集を志したかも話した。
一通り話し終えたあと、S先生が言った。
「どんなベテランの漫画家でも、自分の作品を観てもらうときは、自信がないんです。特にネーム(漫画をコマワリにしてセリフを入れて全体の流れをあらわしたもの)で、直してほしいところがある場合、最初にいいところを褒めたあとに伝えてほしい。そして、最後はまた褒めて終わってくれると、いい気持ちで直せるし、そのあとの仕事ものってできます」
緊張していたのか、あまり他の話は覚えていない。だが、この言葉はストンと胸に落ちた。もらった教えを愚直に実行していき、担当する漫画家も増え、作品も売れ、結果を出していった。5年後編集長になり、産休育休を経ながら、編集部長になってからも、担当している漫画家とのやりとりに対してはサンドイッチ方式で、修正をお願いしていった。ありがたいことに、多くの漫画家から信頼され、いい関係を築けていったと思う。
 
漫画から離れようとして、会社を辞め、フリーランスの編集として、単行本や小説の編集を行うようになった。そんな中何度もOKが出ず、煮詰まっている小説があり、作家に言われた。「直すところばかりで、もっと褒めてほしい」
ごめんなさい。大事なことを忘れていました。そう思った。
 
「修正のサンドイッチ方式」は別に出版だけでなく、子育てや部下育て、とにかく何かを変えてほしい時など、色々な場面で使える。
いいところは意識したら、見つけていけるはず。新たに心に刻んで実行しようと思った。
 
 
 
 
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2019-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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