メディアグランプリ

目線はあげて、ほどよい距離で


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事: 追立 直彦(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「目線はあげてね。ほどよい距離で遠くを見てください」
 
車の教習所で、よく指導されたコツのひとつだ。
運転初心者は、一般的に視野が狭い。ついつい目前の景色や路面に気を取られてしまう。
 
そんな運転が続くと、十メートル先の交通事情さえ正確に把握出来なくなり、例えば、前を走っている車が急ブレーキを踏むと、オカマを掘ることになる。気をつけなければならない。自動車免許を取得して三十年くらい経つ今でも、時折思い出す言葉である。
 
秋色に染まりゆくつづれおりの山道を走りながら、視線は常にカーブの先の先を見つめている。休日のドライブはまたとない息抜きだ。記憶に刻まれた自動車教習所の担当教官の言葉を反芻しながら、丁寧にハンドルを切る。
 
車内では、心地よい音楽が流れている。
スマホを経由してSpotifyから流れてくるのは、先日、ラジオではじめて聴いた、いわゆるミレニアル世代のバンドの楽曲だ。肩によけいな力が入らない、軽快でありながら計算され尽くした、究極に研ぎ澄まされたサウンド。車窓に映る、流れ過ぎ去る景色のなかに、普遍的で美しいスクリーンを醸し出してくれる。
 
昨今、音楽ファンを取り巻く環境は、とても恵まれたものになってきたなあ、と思う。
なんといっても、音楽CDを一枚買うかどうかの月額コストで、お目当ての音楽が聴き放題だったりするのだ。コストを掛ける必要がないプランだってある。ぼくのお気に入りのSpotifyは、プレイリストの自由な操作を望まなければ、無料で使える。広告宣伝も定期的に入るが、ぼくはさして気にならない。だって無料だもの。実は、CDで購入が難しかった楽曲だって、運が良ければ探し当てることが出来る。十数年前には、想像すら出来なかったサービスだ。
 
ぼくはハンドルを操作しながら、ふいに、その十数年前のことを思い返していた。
当時のお取引先であったレコードショップの店主に対して、威勢よく啖呵を切っていた、あの頃の光景を。ぼくは、レコードショップに音楽や映像の商材を卸す、老舗の音楽商社の営業マンだった。
 
「店長、大丈夫です。音楽CDは無くならないし、お店もつぶれませんよ」
「せやけど、オンパイ(音楽配信)はこれからも進んでいくやろ。世界の流れなんやから。アメリカのタワー(レコード)も、なんやアブナイらしいで。潰れるんちゃうか?」
 
90年代後半から、MP3というデータ圧縮技術を使った音楽配信が、インターネットを経由して、瞬く間に世界中に拡散していた。2,000年代に入ると、アップルがiPodを販売開始し、その二年後には、iTunesが正規の楽曲販売を担った。音楽パッケージとレコードショップは、この技術革新の波に駆逐されるのではないか……漠然としてはいるものの、そのような危機感に業界全体が震えていた時期だった。実際に、それがすべての原因ではなかったものの、アメリカ本国のタワーレコードは、06年に店舗の営業をすべて終了した。
 
しかし、当時のぼくは楽観視していた。というか、仕事上、楽観視せざるを得なかった。
正直に言うと、不安は拭えなかったが、そんな自分と弱気な店主を奮い立たせるかのように、ぼくは我流の屁理屈を、担当していたあらゆる店先で振り回していた。
 
「店長、日本人はもともと農耕民族ですよ。いったん土地が気に入れば、土着して一生涯をそこで暮らしてきた民族です。だから、モノに対する執着も相当なもんです。気に入ったモノは、カタチとして、手の届くところに残しておきたいものなんです。他の民族と比べても、コレクター気質が強いんですよ。だから、日本人の音楽CDの収集意欲は、決して衰えません」
「へえ、そんなもんやろか」
「そんなもんです。確かに、オンパイの流れは止められませんが、きっとCDと共存していくことは可能です。仮にCDのマーケットが今より三割減ったとしても、店長は残りの七割のなかで生き残っていけるよう、工夫を重ねれば良いのです」
 
あまりにも近視眼的な見方を伝えていたな、と今では思える。
実際はどうなったか。日本レコード協会の公式発表を紐解いてみると、音楽CDマーケットの売上金額のピークは、98年の6,000億円超だった。そこから次第に減少に転じ、iTunesが本格稼働した03年には4,500億円程度となる。そして現在、直近の18年は1,576億円。03年と比較しても、売上金額ベースで四割にも満たないかたちで、縮小してしまった。
 
ただ、結果的にそうなったからと言って、あの時、ほかにどのような前向きなアドバイスが、レコードショップの店主に出来ていただろう、とは思うが、それはそれとして、ぼくが根拠のない自信に溺れていた向きがあったことは否定出来ない。
……店主に啖呵を切ったその数年後に、ぼくはそれまで勤めていた会社を去った。会社が提示してきた希望退職の募集に乗っかったのだが、業界の未来をあまりにも楽観視し過ぎていたと、ようやく気がついたその当時の僕の目線は、あきらかにさがっていた。
 
未来を見通すのは、本当に難しい。
ITをはじめとする技術革新の荒波が、毎年のように従来の経済と人々の暮らしを浸潤していく現代にあっては、例え三年後の未来であっても、見通すのは容易ではないだろう。
今、ぼくは金融関係の仕事に就いているが、この業界にもAIにおける地殻変動が確実に押し寄せてきていると感じる。この波に飲まれず、乗りこなす。どのような一手が必要になってくるだろう。
 
目線はあげて、ほどよい距離で。
 
教習車のなかで聞いた担当教官のメッセージが、すこしだけ異なる色あいを帯びて響いてくる。未来を見通す「ほどよい距離感」とは、どのようなものだろう。どのような覚悟で、その距離感に接していけばよいのだろうか。……いずれにしても、目線はあげておいたほうが良いことはわかっている。足もとを見るのも大切なことだが、目線をあげていさえすれば、足もとも含めて確実に視野は拡がる。
 
気が付けば、とっくにあたりは暗くなっていた。
ヘッドライトを点灯し、おおきな宿題を携えて、家路へと車を急がせた。
 
 
 
 
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2019-11-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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