「で、あなたはどうしたいの?」
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記事:サカ モト(ライティング・ゼミ平日コース)
「で、あなたはどうしたいの?」
と、大画面からの問いかけに、私はなんと答えていいのか、わからなかった。
たとえば餡を作る時。小豆を洗い、一晩水につけて、そのあと砂糖をいれてコトコト煮る。すると甘い餡ができてくる。しかしそれだけでは完成しない。それだけではただ甘い餡なのだ。
映画『樹木希林を生きる』を見た。2018年9月15日に彼女は亡くなるのだが、その間際まで密着したドキュメンタリー映画。監督とインタビュア、そしてカメラマンは木寺一孝氏が一人で担当。だから画面に出てくるのは、全編を通して樹木希林さんと木寺さんだけ。
最初、この企画を通したとき、彼は思ったはずだ。素材が面白い樹木希林。しかも全身ガンと豪語する彼女をカメラで追えば、きっと面白いコンテンツがつくれるに違いないと。
だから希林から取材OKの許可が下りたときは、小さなガッツポーズのひとつぐらいして、これは成功すると思ったに違いないのだ。
しかし樹木はそんなことは想定内。すっかり制作側の意図は見抜かれていた。
樹木は最初、サービス精神旺盛なところを見せてかなり面白い絵を撮らせてくれる。たとえば樹木が私物の古い足袋を家でお茶や紅茶の出がらしで染めて、使い古した感じを出す。映画のスタッフは、新品の足袋を大量に買い、わざわざ汚く染めくるのだ。俺は気が利くぞ! と言わんばかりにドヤ顔で「これをお使いください」ともってくる。しかし、樹木に感謝されるところか、「もったいない。これで間に合うと私はいったじゃない。なんでわざわざ買ってくるの」と、怒らせてしまう。
このやり取りを木寺は横で聞きながら、笑っている。彼は樹木の気性はよくわかっている。そしてきっと心の中では「わかっていないなー。希林さんのこと」と、思っていたに違いない。その証拠に、憤慨する彼女に積極的に近づき、「そうですよね。もったいないですよ」と言って、さらに樹木に気にいられようと画策する。その彼の姿を見て、希林は反対にフフフと不気味な笑みをうかべる。
そしてある日、彼女の反撃が始まる。真正面から「で、あなたはどうしたいの?」と問い詰められる。
「私はあなたに色々と恥ずかしい部分も見せているが、あなたからはそれに対して、何にもない。ただ隣にいるだけで、楽しくないの。で、結局、あなたはこの作品をどうしようとしているの?」と、さらに激しく詰問される。木寺にとっては青天の霹靂。言葉が出ない彼のふがいない姿をみて、さらに樹木はイライラを募らせていく。
NHKで働く木寺にとって、樹木希林の人生にスポットをあて、ドキュメンタリーを作ればよかっただけなのだ。その先のことは、考えていなかった。この他力本願な姿勢を、樹木は最初からわかっていた。だから泳がせ、調子にのりまくったところで一撃を加える。
さらに樹木は、木寺への攻撃に手を抜かない。「なんで私が、この映画の結末を考えなければいけないのよ。どう面白くするかは、あなたが考えてよ」と冷たく突き放す。
しかしここまでくると、実は観客もみんな凍り付いている。なぜなら、私たちもこのディレクターと同じようなスタンスで、ただ樹木希林から印象に残るメッセージなり、生きるためのヒントをもらいたかっただけだから。完全に受け身で映画館にやってきた人は、見ているのがかなりつらくなる。
彼女はそこまで計算し、さらに観客代表の木寺を容赦なくせめる。「何を甘えているの。自分で考えてよ。私は知らないわよ」といわれた頃には、この重い空気に観客も耐えられなくなる。すると、席を立って離脱する人もちらほら現れる。私も腰を浮かせそうになったが、「でもこの先になにがあるんだろう」という、好奇心が勝った。
最後は大画面のなかで、全身がガンで真っ黒くなったレントゲン写真を目の前に置き「さあ、あなたはこれを見てどう思うわけ?」と問い詰める。言葉だけでなく、視覚までをも追い詰めてくる。樹木は死を覚悟しているから、一歩もひかない。「で、あなたはどうしたいの?」とグイグイせまってくる。まるでホラーだ。
樹木希林は面白いコンテンツを知り尽くしているのだ。サスペンス効果を発動し、緊張感を盛り上げ、その先の答えを知りたい私たちをいじめぬいている。
さあ、そろそろ種明かしの時間。
樹木はいじわるそうな顔で「あなたも辛抱強いわね。ここまでいわれてもまだ知りたいの」とニコリ笑う。
最後まで頑張った私たちと、そして木寺さんには、希林さんからその答えを聞くことができる。が、それははここでは教えない。私も時間とお金、そして精神をすり減らして手に入れたものだ。この先が知りたい人は、ぜひこの映画を見てほしい。
最初の話に戻るが、甘い餡は、ただ砂糖を入れただけでは甘ったるいだけの味になってしまう。ここに塩を入れると、味がしまり、さらに甘さが何倍にも増す。
この映画は、樹木希林が味付けをしただけあって、見終わったあと、いやな甘みもが口に残らない。そしてあっさりした餡子は癖になり、また食べたくなる。
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