メディアグランプリ

東京からこの度、異動になりました


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:桑村美奈子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「えぇ! そうなんですか! すごいですねぇ!」
 
はっきり言って聞き飽きた。「すごい」という言葉。
私は、少しも笑わないで答える。
「移住って言っても、すごいとまで言われることではなくて。引っ越した、ということですから」
「でも、決断して生まれ故郷を捨ててきて香川に住むなんてすごいですよね」
憧れの眼差しでまくし立てられるように言う目の前の女性の記者に「捨ててないって」と言おうと思ったけど私はその言葉をごくんと飲み込んだ。
 
私は、2015年に香川に移り住んだ。生まれ育った東京が嫌いだった訳でも、人ごみや人間関係に疲れた訳でもない。むしろ、東京の喧噪も、賑やかなネオンも心地いい、大好きだったから。理由は居心地がよく、自分にとってはちょうどいい大きさの街だったから。そう、本当にそれだけなのに。
 
「地域活性化を手掛けるなんてすごいですよ。どんどんやってほしいです」
 
私のやっていることはどうやら「地域活性化」になるらしい。私は自分が幸せに暮らすために香川県を選んで移り住んだ。そこで好きなことをしている。それなのに、いつのまにか誰かの期待まで背負うことになったらしい。確かに期待されると嬉しい。でも、私の行動ごと期待されるのは正直プレッシャーだった。東京にいるころはただの会社員で「すごい」なんて言われることはほぼなかった。もちろん熱血ス―パー社員でもない。それなのに、香川に住んだだけで、フリーランスになっただけで、「すごい」の対象になってしまうなんて自分でも不思議だった。同時に居心地の悪さも感じていた。
 
「地方移住ブーム」みたいなものに乗って、地方にある人や物、場所がコンテンツ化されていくようになった。もちろん私のことが書かれた記事もSNSによって、香川県以外の遠くに住む家族や友人たちにも知れることになった。
 
実家に帰ったあるとき、会社員時代の同僚と集まることになった。東京時代の同僚たちに会える嬉しさと、地方にいるときよりも長い時間夜遊びできる解放感を抱きながら私は銀座の火鍋のお店に向かった。火鍋のスパイシーな香りが店いっぱいに広がって私の心は高鳴った。やっぱり、東京にいるときは地方にはないお店に行きたい。
 
同僚たちと合流して、ビールを頼んで乾杯をしたら早速私の暮らしの話になった。
 
「香川での暮らしはどうなの?楽しい?」
「うん、まぁまぁかな。」
「取材とかされて、一躍有名人だね」
茶化さないで、と言おうとするより前にこんな風に言われた。
「なんか、地方に移住した途端に有名人、というか、そんなに真面目な人だったっけ?瀬戸内海を渡ったら、聖人君子になっちゃったのかと思ったよ」
 
その言葉を聞いた瞬間思わず噴き出した。私が、聖人君子。そんなことあるわけない。いつだって正しくて、すごい人なわけない。瀬戸内海を渡っても、香川に住んでも私は私のはずなのに。他の人から向けられる期待やいろんなものに応える必要なんてなくて、自分の人生を一番楽しくさせるのは自分しかいないのだ。
 
いくらすごいと言われても、それはその人たちが見たい「地域活性化」というフィルターがかかった私。今ここでビールを飲んでいる私ではない。どうしてもメディアが持つ特有の「地域活性化をやっている人=いい人・すごい人」にしたい気持ちはわからないでもない。でも、それは私ではない。
 
私は、何も変わらない。環境が変わっただけ。それは会社内の部署異動みたいなものだと思う。私は香川県という部署に異動になった。私の希望で。仕事やメンバーは少し今までとは変わるけど、ちょとずつ仕事を覚えたり、部署内のメンバーと仲良くなったり。そうして、慣れていくものなのだ。前の部署のみんなとは、たまに会えたりもするわけなので決して会社が変わって転職をするわけではない。移住するということはそういうことなんじゃないかと思う。
 
異動した先で新たに期待される仕事があるかもしれない。でも、100%それに応える必要もないのではないかと思う。会社は仕事だけどこれは自分の人生だから。まずはその部署の中で自分が何をしたいのかをきっちり考えて伝えることが大事だと思う。会社の異動でいきなり聖人君子になってしまう人がいるだろうか?私は今までそんな人に会ったことがない。異動はあくまでも異動。その人自身が変わってしまうことはないのだから。
 
「移住した」というだけでいくつか取材してもらったことは確かだ。どれもこれも嬉しくなかったのか?と言われれば嘘になると思う。ただ、これだけは声を大にして言っておきたい。
 
私の心は瀬戸内海でじゃぶじゃぶ洗われたとしてもそんなことでは真っ白になったりはしない。それはきっとこれからも。
 
ただ一つ正しいのは今日も瀬戸内海は美しいということだけだ。
 
 
 
 
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2019-11-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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