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メディアグランプリ

読書は疑ってかかれ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
 
記事: 追立 直彦(ライティング・ゼミ平日コース)
 
あるイギリス人の男が自殺した。
自宅の屋根裏部屋。頭に銃弾を打ち込んで、みずからその人生に幕を閉じた。
 
男は、自死を選んだ日の前日、2桁の数字を6種類選んで組み合わせる類いの宝くじで、200万ポンド(当時にして約2億8千万円)もの賞金が掛かった当選番号を引き当てていた。……いや、厳密にはちがう。「引き当てていた」のではなく、「引き当てるはずだった」。
 
男は、それまでに何度となく宝くじを買ったが、くじ運がよいとは言えなかった。
ある日、男の脳裏に2桁6種類のランダムな数字が浮かんできたので、「これは」と思い、メモ帳に書き留めておいた。発表の日、くじの当選番号を見た男は驚愕した。……その番号は、メモしておいた数字そのものだったのだ。
 
ところが、なんとも残念なことに、男は奇跡的ともいえる自分の直感を信じることが出来ずに、その番号が記載されたくじを買わなかった。男の絶望は如何ばかりだったか。その途方もなく大きな絶望が、彼自身に愚かな銃の引き鉄を引かせたのだ、と。
 
これは、ふと手にした自己啓発本に書かれていたエピソードを、ぼくなりに短くまとめたものである。その作者もまた、偶然目にした新聞記事の中に、このエピソードを見つけたのだそうだ。実話かどうかはわからないが、とても興味深い逸話である。
 
「気の迷いが、幸運を蹴散らしてしまった」。エッセイではそう締めくくられていた。
 
迷いなく、宝くじを買うことを選択しさえしていれば、男は幸運を蹴散らさずに済んだのか?「宝くじを買わない」という選択は、男にとって、本当に間違いだったのだろうか?
もし、ぼくと同様に、そこに違和感を覚えるならば、ぜひ、ひとつの試みとして、この趣旨とは異なる視点でのロールプレイに付き合ってほしい。
 
たとえば、この男が自分の直感を信じて、予言の宝くじを買っていたらどうなっていただろう。その時の情景は、まったく想像に難くない。男は、天にも昇る心地で、その奇跡の瞬間に感情を爆発させて喜んだに違いない。もっとも、あまりにも感情を爆発させ過ぎて心臓麻痺を起こし、あの世からお迎えが来た、という筋書きもあり得る。結果的に、あの世に行ってしまったのなら、たいしてラストは変わらない。男の遺族は大喜びしたかもしれないが。
 
幸福にも心臓麻痺は起こさなかったとしよう。
男は晴れて億万長者の仲間入りである。銀行で大金を受け取り、今後の使い道について、アーデモナイ、コーデモナイと、薔薇が満開に咲きほこる頭のなかで画策する。……そうだ、このことは決して家族以外に他言してはならない。他言すれば最後、いろんなヤツらが金の無心にくるだろう。なかには、詐欺ばなしを持ちかけてくる輩も出てくるかもしれないぞ。おお、くわばらくわばら。
 
ところが、こういう漏らしたくない事実ほど、世間に漏れるのは存外早い。あっという間に広がって、まずは兄弟縁者が金の無心。最初は猫なで声、もっともらしい理由をつけて金の融通を願い出るも、度重なるハレンチ極まるおねだりに、とうとう男はブチ切れる。すると、とたんに相手も居丈高。「たまたま手に入れたあぶく銭でケチケチしやがって。身内がこんなに金で苦しんでいるのに見ないフリか、ふざけやがって。そんなヤツだとは思わなかったよ、こっちから縁を切ってやるっ」
ああ、大金が転がりこむ前は、とても仲のよい兄弟縁者だったのに。
 
ひとつ人間関係がほつれると、次々に疑心暗鬼が加速する。疑念はさらに男を孤独にさせて、気が付いたら世界中が男の敵に。金で憂さを晴らすしかない男は、見境のない投機に明け暮れて、気がつけば多額の借金を背負いこむハメに。宝くじを買わなければ、こんなことにもならずに済んだ……なんてことは、現実にもよくあることらしい。高額当選者のうち八割の人間は、結果的に自己破産の末路を辿る、という話を聞いたことがある。
 
まあ、ネガティブなロールプレイだと、自分でも思う。
なにを伝えたかったかというと、「宝くじが当たったところで、必ずしも幸福になるわけではない」ということだ。もう少し突き詰めると、「くじを買わない」と選択した男の判断そのものは、正しいとも間違いとも言えないということ。そこに、論点は存在しない。
 
問題なのは、彼が絶望の淵に追いやられ、みずから死を選んでしまったことだ。
もちろん、ぼくはあの文章に書かれていたこと以外の、彼の実生活を知らない。もしかしたら、途方もなく生活に困窮していたのかもしれないし、精神的な悩みを抱えていたのかもしれない。いずれにしろ、当選したはずの宝くじを手に入れられなかっただけで、自死を選んだという可能性は非常に考えにくい。それはあくまで、そのような欲求に火を点けた導火線に過ぎなかったのではないか、と考えている。
 
ぼくがこの逸話をもとにエッセイを書くならば、そういう状況に追い込まれても、彼が人生を投げ出さないために、どのような心構えや考え方を持っていればよかったかをテーマにする。たとえば前述したように、必ずしも賞金を手にした人間が幸福になっているわけではない、むしろ大多数の人間が、富を手に入れる以前よりも、さらに悪い状況に陥ってしまった事実を、しっかりと伝えるだろう。その視点を持たせたうえで、「あなたの判断そのものに、間違いなど存在しない。問題は、その結果を受け入れる覚悟を持てるかどうかだ」と書く。
 
読書はおもしろい。
受け身の姿勢で読むだけでは、作者の意図したこと以上の世界を観ることは出来ないが、自分なりの視点をもとに、常に問いかけをしながら読み進めることが出来たなら、ロールプレイングのような思考の冒険が可能になる。まずは疑ってかかれ、である。
 
 
 
 
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2019-11-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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