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メディアグランプリ

お墓参りはあんこを炊くことだ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:関戸りえ (ライティング・ゼミ平日コース)
 
練炭火鉢にかかった大きな鍋。部屋中が蒸気と独特なにおいでいっぱいになる。鍋の中には赤褐色をしたまだ固い小豆が、くつくつと煮えている。
 
40年以上前、毎年年末に訪れた祖父母の家での風景である。自分でも驚くほど鮮明に記憶に残っている。
 
祖父母が亡くなってから6年以上経っているが、お墓参りには2年ほど前の暑さの厳しい日に、一度だけ叔母に連れて行ってもらったきりだ。
名古屋市内から電車とタクシーを乗り継いで、1時間半ほどかかる距離にある公園墓地。
ディズニーランドとディズニーシーを合わせた広さよりやや狭い場所で、たった一つのお墓を探すことは、すべてのキャストとゲストがミッキーマウスの格好をしている中から、本物のミッキーマウスを探すくらい大変なことである。
 
そこにアトラクションがないからとか、私の信仰心とか故人への思いが薄いから頻繁に訪れないわけではなく、海外に住んでいるという物理的な理由からである。かと言って、墓前に祖父母が眠っているわけではないとも思っているので、なぜ墓参りをするのかと聞かれると返答に困ってしまうのだが……
 
彼らが亡くなった時には葬儀には参列し、感謝とお別れの挨拶ができたので心残りはない。
 
しかし、それぞれの命日やお彼岸などの節目には、仏前や墓前に手を合わせることができず、申し訳ないような、寂しいような思いがこみ上げることがあった。
 
そんな時は、祖父母や父との断片的な記憶を思い出しながら、魂なのか霊なのかわからないけど、なんとなく彼らの気配を感じられそうな方向に向かって手を合わせていた。
 
ある時、祖父の「あんこが食べたいなあ」という声が聞こえた気がした。
かつてテレビで見たことのある、「あなたの亡くなったおじいちゃんとお話ししてみますね」と霊能師が言っているのを眉唾もので見ていたが、本当にそういう世界があるのかもしれないと思えた。
 
その時、買い置きのあった小豆を炊くことにした。
少し前に、無性におはぎが食べたくなったけど、海外でおはぎを一つだけ買えるところはなかったので、仕方なく自分で作ろうと思い買い物かごに入れたものだった。
 
今までに2、3度あんを炊いたことはあったが、記憶にないくらい前のことだった。今回は、小豆の茹で方やあんの炊き方をあれやこれや調べ、和菓子屋の職人が作る本格的な作り方をチョイスすることにした。気合十分に美味しいあんを作ろうと張り切っていた。
 
大鍋に豆と大量の水を注ぎ、アクが抜けて柔らかくなるまで、何度も茹でてはお湯を捨てる作業を繰り返し、最後にいい塩梅まで蒸らした。
 
茹でている時の、鍋の隙間から漏れ出る湯気と独特な匂いが、あの遠い昔の祖父母の家で過ごした年末の記憶を蘇らせたのだ。断片的ではあるけれど、火鉢の色や練炭の匂いなどを思い出しながら、懐かしく心がほっと温かくなったように感じられた。
 
こうしてようやく、あんを練る準備が整った。
 
柔らかくゆであがった小豆に、大量の砂糖と少しの水を加え、30分以上水分が程よくなくなるまで木べらで休みなくかきまぜ続ける。吹き出して流れ落ちる汗と、ピチピチと腕にはね飛ぶ激アツのあんこと格闘しながら、鍋底が焦げ付かないように注意することで必死だった。それはまるで、猛吹雪の雪山を寒さをものともせず、ピッケルを刺して山頂まで慎重に足元を進めるようだった。
 
あんを練り続けている間、私は過去の様々な出来事を思い出しては、ほっとしたり、あの時ぼんやりと疑問に思っていたことの答えがひらめいたりしながら、大量に吹き出る汗を首に巻いたタオルで拭きつつ、腕に飛び散るあんこの熱さにふと我に返ったりを繰り返した。まるで瞑想中に煩悩と格闘している頭の中のようだった。
 
炊き上がったあんこで、だんご状に丸めたもち米を包む。
出来上がったおはぎを、祖父母の分の皿を私の向かい側において頬張った。
 
墓石や仏壇、位牌や写真があるわけではないけど、姿は見えない祖父母がそこにいるんじゃないかと思えた。
 
小豆の茹で加減を指で潰しながら、炊き上がりを見極める時、祖父が私たちが自宅へ帰る間際や電話を切る前によく言っていた言葉を思い出した。
「塩梅よう、やってちょうよ」
祖父の話す名古屋弁。
 
「日々の暮らしや人間関係、勉強や仕事など、今の自分の調子を見極めて、穏やかな毎日を過ごしなさいよ」というメッセージだったのかなと胸が熱くなった。
 
母と話す機会があった時にふと聞いてみた。
「おじいちゃんて、あんこ好きだった?」
「甘いものなら、なんでも好きだったよ。でもあんこなら葬式饅頭が好きだったと思うよ」
あの時聞こえた気がした祖父の「あんこが食べたい」は、聞き間違いではなかった。葬式饅頭ではなかったけど、おはぎを作るように促してくれたことに感謝している。
墓前や仏前に手を合わせることは難しいけれど、私にとってあんこを炊いている時間は、祖父母を偲び、過去の温かい思い出に浸りながら、今生きていることを実感させてくれる貴重なもの。それぞれのやり方で故人を偲んだり、供養をすれば良いのではないかと思っている。
だから、私はこれからもあんこを炊き続けていきたいと思う。
 
 
 
 
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2019-11-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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