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ナスカの地上絵を見るには

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:滝澤 優子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
さて、どうしたものか。
先月に続き、今月もゼロで終わる可能性が高まっている。今までもこういうことはあったが、今回は抜け出せる気がしない。百田尚樹原作の「永遠のゼロ」。いい映画だがタイトルが今の自分には怖ろしい。
 
先週お会いしたお客様だ。あさっての日曜日に契約を予定していたのに友人に反対されたと断りのメールが入った。一生に一度かもしれない「住宅」という大きな買い物を、「友人」の反対でやめるという。親の反対というのはよく聞くが友人の反対とはどういう反対だろう。想像がつかない。具体的な理由を聞こうにも電話もつながらない。
 
先月のお客様は、妻が良ければ買うと言ってくれた。約束よりずいぶん遅れてやって来たと思ったら、他の物件で決めたという、断りの来店だった。巻き返すこともできず終わってしまった。
 
まずい。
 
所長になんて言おう。
満面の笑みで契約予定を報告してしまった。「この契約が私の復活第一号です」ということばまで付け加えて。所長は、塩漬け状態の部屋を私が売るというので、一瞬曇った顔をした気がしたが、喜んでいるようにも見えた。契約がダメになったことを伝えたらどう思うだろう。
 
最近、営業というものが何なのかわからなくなっている。自分に合っていないような気もする。転職を考えたほうがいいのかもしれない。
そんなことを思っているうちに報告もせず一日を終えてしまった。
 
次の日、意を決して報告に行った。
断りのメールがきたこと、それまでの経緯と連絡がつながらないことを伝えると、所長は私の顔を見たまましばらく何も言わなかった。冷や汗が出る。昨日のうちに報告するべきだったか。視線が痛い。どんなことばが飛んできても倒れないように身構えた。台風の中で弓なりになって耐えている街路樹だ。これから降りかかる自分の状況とドンピシャリじゃないか。
 
「滝ちゃんさ、お客様はどうしてやめたと思う?」
「へ?」
非難のことばを想像していただけに、拍子抜けした。
「……友人の反対にあったから、です」
「うん。でも、そうじゃない、よね」
かぶせ気味に、少し強めに言った。
所長もそう思ったんだ。自分でも「そうじゃない」と思う。でもほかに理由がわからない。
私が答えられないでいると所長は言った。
「僕はなんとなくわかるよ」
 
所長の河崎さんは、スーパー営業マンで有名な人だ。入社一年目に新人賞を取るとその翌年からはMVPを取り続けていたと聞いた。部署異動があっていったん営業職を離れても、社内の人からとても評判が良く一緒に仕事をしたいというファンがいるそうだ。当然のように最年少で所長に抜擢された。そんなところに自分が配属されたのだ。配属の辞令が出た時に、同じ現場の先輩からとても羨ましがられた。
 
「不安がないか、聞いた?」私が何も言わないことを確認して河崎さんは続ける。
やめた理由の続きだ。
「いえ……聞いていません」小さな声しか出なかった。
そこから河崎さんのレクチャーが始まった。
 
圧倒された。
 
なぜここに探しに来たのか、なぜこの部屋を選んだのか、そして緊張していなかったかどうか。私は答えられない。本音が話せなかったのではないか、だからぎりぎりでやめると言ったのではないか。いくつも可能性を出してくれた。メモが追い付かない。
河崎さんは、なぜ見ていないのにそこまでわかるのだろう。可能性どまりとは言ったが、どれも正しそうだった。まるでお客様が乗り移ったみたいだ。すごい。こんな営業マンになりたい。
 
メモを取り終わった。興奮冷めやらぬとはこのことか、とあたまが痺れる感じがしていた。
しばらくして「ナスカの地上絵って知ってる?」と河崎さんが言い出した。
ナスカの地上絵といえば、確か南米ペルーにある古代人が描いた巨大な絵のことだ。もちろん、本物は見たことはないが、テレビで存在は知っている。
「全体を把握するためにはセスナに乗って上から見ないといけないんだよ」
うなずいた。確かにそうだと思う。
「それってさ、接客でも同じなんだよね」
 
そうだ。きっとお客様は不安な顔をしていたはずだ。それに気づかなかった。
 
それから3年間、いい話になりそうな時ほど「ナスカの地上絵」を思い出した。意識をするだけだ。毎回そうすることで、自然とできるようになった気がする。お客様と自分を見下ろす感覚は幽体離脱でもしているような不思議な感じがした。うまく言えないが、そのままお客様の目で自分を見ることができるような気もしてくる。そういう時は、契約につながることが多かった。もしかすると河崎さんはこれができたのかもしれない。
 
実はさきほど、MVPの受賞を知らせる電話を部長からもらった。
もしかしたら今年は取れるかもしれないと思っていただけに、心から嬉しかった。うっかり目頭が熱くなった。河崎さんのおかげだ。
すでに別の現場に移った河崎さんに早く知らせたくて、ナスカの地上絵の話を思い出しながら携帯電話にコールした。
 
 
 
 
***
 
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 

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2019-11-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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