メディアグランプリ

盆に爆竹を鳴らす


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記事:星野美緒(ライティング・ゼミ《日曜コース》)
 
 

その船は「海」を目指していた。
といっても、運河や川下りの話ではない。長崎の町ナカの話である。
私が見たそれは、あまり大きくない慎ましやかな雰囲気の船だった。日暮れ時に出航し、夜にはきっと目的地に着くであろう。
その船は、船体に花や提灯で飾りがついており、船頭には全体の大きさからするとバランスがとれないのではないかとも思われるほど大きなラッパ状の飾りをつけている。
その船は、サザエさん一家を連想させるような構成の家族たちが囲んで運んでいた。そして乗っているのは、誰か、かつてこの家族たちの中に“いた”人の魂である。
 
長崎では、毎年お盆に精霊流しという行事が行われる。
初盆を迎えた家では精霊船と呼ばれる木製の船を作る。その船に遺影や故人の好物、趣味の道具などを乗せ、親族友人、近所の人たちで海まで運んで流すのだ。
 
船は1メートル程度の小さなものから20メートルを超える大きなものまである。造花や提灯、電球で華やかに飾られ、「みよし」と呼ばれるラッパ状の船頭飾りがつけられる。色とりどりの電飾で幻想的なライティングを施されたものもある。
飾りつけのバラエティも豊かで、これが実に華やかである。
 
おもむろに、同行の親族の一人が持っていた箱から何かを取り出し、火をつけて地面に投げた。
バンバン!! パパパン!! と大きな音が響き渡る。
爆竹である。
爆竹は、長崎の盆には欠かせない。スーパーマンにおけるマントくらいの存在である。
あれがないとスーパーマンの格好がつかないように、爆竹がないと長崎の盆は成り立たない。
 
それにしても、故人を送り出すにはなんともにぎやかな道中ではないだろうか。
船にはまた、鉦(かね)が取り付けられ、そろいのはっぴや祭り足袋に身を包んだ取り巻きたちがひっきりなしに、鉦や太鼓を鳴らしている。
担ぎ手たちの「ドーイ、ドーイ!」という掛け声があがる。
日暮れ後でもまだまだ暑い長崎の夏の夜、水分補給は重要だ。重い船を運ぶのでエネルギー補給も必要だ。そういうわけで、皆でジュースや酒を飲み、肉やお菓子を食べながら道を歩んでいく。
 
そんな船が、長崎の街を進んでいく。
道は船で大混雑だ。
見物客も多く祭りのようなのだが、これがお盆なのである。
耳を澄ませてみれば担ぎ手たちの声は重く、目には涙をにじませている。
 
爆竹を鳴らす。何十発も一度に鳴らす。なんなら箱ごと火をつける。もはやスタントマンが必要なのではないかという爆発が起こる。
これに毎年耳をやられる人が続出するが、耳をやられても、一日中耳栓をしてでも、ここでは爆竹を鳴らす必要があるのだ。
このにぎやかさが、長崎の盆には必要なのだ。
 
なぜ爆竹なのかという問いに対しては、これは文化だから、と言うほかない。
生粋の長崎人である友人も、今年船を出したと話していた。
虫が大の苦手なのに農家の嫁、というなかなかハードモードな人生を送る彼女から、墓参りの話を聞いたことがある。
「お墓で、めっちゃ爆竹鳴らすんよ。花火もお墓の前でしよるけん、子どものときはお墓参りが毎年楽しみやった」
と。
長崎では、故人を偲ぶときに花火や爆竹が付き物なのだ。
 
私個人は、爆竹を使ったことがない。長崎に移住する前までは、爆竹の実物を見たことすらなかった。花火としては地味だし危ないではないか。
花火売り場で爆竹を見るたび、「きっと現代ではもう売れないんだろうな」と時代の流れとともに去っていく後姿を見ているような気分ですらあった。
しかし、長崎に来て、こんなにも爆竹が現役で、スーパーマン(のマント)級の主役であることにおどろいたものだった。
 
そこかしこで破裂音が鳴り響く市街地。鉦と太鼓の音に、担ぎ手の掛け声と人々のにぎやかな話声。
さだまさしの名曲「精霊流し」なんてかき消されてしまうような喧噪だ。
だが、胸がしめつけられる。
 
精霊船に同じものは二つとしてない。なぜなら、同じ人間は二人としていないからだ。
その船一つ一つが“誰か”を乗せていることが生々しく感じられるのだ。
 
そして、その船は仲間たちの手で最終地点へ運ばれていく。
船は実際は海には流されず、「流し場」と呼ばれる海辺の処理場に行き着く。
そこまで運んだら、待っているのはなんと大型ショベルカーである。
ショベルカーと、そのそばに積み上がる木くずや紙の飾りの残骸である。
担ぎ手一同は、流し場の職員の誘導されるままに船を引き入れ、笑顔で集合写真を撮り、船を引き渡して帰っていく。
その様子は実にさっぱりしていて、やりきった感というか使命を果たした感がある。
そして、ここで船とお別れである。
「じいちゃん、さよーならー!」
子どもの元気な声が、さみしさを包んでこだまする。
長崎にはそんなお盆の風景がある。
 
先述の友人は、長かった髪をばっさり切っていた。曰く、「爆竹がはねて髪に火が付いたから切った」とのこと。
これも、長崎のお盆の出来事の一つである。
 
 
 
 
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2019-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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