苦行は癒やしの時間になりました
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記事:加藤なお美(ライティング・ゼミ平日コース)
「ナニコレ、液だれするしぃ」
それが、初めてシュッtoピカを使ったときの、思わず口から出た私の言葉だった。
雨の日続きだったこの一週間、やっと雨が上がった休日に、私はTVショッピング好きの姉から貰った、ガラスクリーナーのビニールを鼻歌混じりで破いていた。
「2本セットだったから1本あげる。感動するよ。フフフ」
姉のあの不敵な笑い。今回のクリーナーはアタリだったのかしら。
「さて」
大きさ25㎝のスプレー缶には半透明のキャップがついている。
見たところ別に特別な感じもしない。アメリカ産だった。気になる所はといえば、名前くらいだった。
シュッtoピカ。とても分かりやすい、このネーミングセンス、嫌いではない。
せっかくの曇り空。昨日の雨が地面に残っている。絶好のガラス磨き日和だ。
ガラスは晴れの日に磨いてはいけない。洗剤液が太陽の熱ですぐに乾いてしまい、綺麗に仕上がりにくいからだ。
私がいつも愛用しているガラスクリーナーは、液だれなんてしない。クラス委員をする優等生の様に爽やかな香りと、吹き付けると泡状になりガラス窓にしっかり残る。その代わりに、時間が経ってしまうと洗剤液の伸びが悪く、拭き取るときにタオルがひっかかってしまう。結果何度も吹き付けて、何度も拭く羽目になったりする。優等生は時間にきびしいのだ。
シューッ。
ガラス窓にS字を描いていく。こっくりとしたクリーム状の白い液体が、こらえきれずにガラスの表面を落ちていく。
「ナニコレ、液だれするしぃ。この留学生、油っぽいなあ」
最初からこれでは拭き取りに時間がかかるに違いない。ため息と共に、拭き取り用のタオルを手に取った。
年末の大掃除。12月に入って、もう1週間が過ぎた。普段の掃除の詰めの甘さが浮き彫りになるこの年末。ガラス磨きは時間との闘いなのだ。1日で全てを終わらせるためには、全力で取り掛からねばならない。日が暮れる前にカタをつけなければ。2度も3度も拭き取りに費やす時間なんて無いのだ。
我が家では、大掃除でのガラス磨きは子供の仕事だった。小学生の頃、カサカサの乾いた手で、毛羽立ったタオルをガラスに押し付け、力まかせに往復させる。何度やっても拭き残しが何処かに残っており、ガラス戸に目を凝らして何度も拭き上げる。お寺でこき使われる小坊主のように、体力が要る掃除だ。
「あ」
スプレー缶の説明書が頭に浮かんだ。手に取ってもう一度確認する。用途。塗装面、プラスチック、ガラス、クロム、鏡、銀、金、その他金属。使用する前に強く缶を振って下さい。約1分間置いてから、乾いた布で円を描くように拭き取りをして下さい……15分後に表面が乾くと、薄いもやが現れます。更に表面を磨くと、見違えるほど輝きます……
じっと1分間待ってから拭き取り始めた。
スル〜ッ
「軽い!ええ〜」
タオルが自走式掃除機みたいにガラスの表面を滑っていく。汚れと一緒に拭き取る時、多少の力は必要なのに。信じられない。押しつける必要もなく、猫の体を撫でるように優しく通過するだけで、ツルツルになっていく。白い拭き跡は微塵もなく、ガラス戸は二度拭いただけで神々しく、新品の輝きを放った。
ガラス窓たちは、片手だけでササっと汚れが取れただけでなく、指先で触ってもツルツルの表面には指紋が付かなかった。
おお!
窓全体から後光がさしている。眩しい。拝みたくなってきた。部屋全体が明るい。きっと気のせいではない。
一枚にかかる時間も短い。ガラス窓一枚を磨く時間は表裏で大体10分位だ。このシュッtoピカなら丁寧に仕上げたとしても、5分で終わる。
早い。恐るべし留学生!
衝撃的デビューをした留学生と共に、午後から始めた作業は、2時過ぎにはガラス窓は全て終わっていた。
もう一つ驚いたのは、スプレーする時、ほんの少しで良いことだった。経済的だ。たっぷり吹き付けると、かえって拭き取りに手間がかかる。
それにしても、拭き取りに力が要らないなんて。ズルをしている気分になるではないか。
疲れない掃除は、やる気を持続させてくれ、更には遊びの時間になり掃除は面白いくらいはかどった。
この留学生を紹介してくれた姉にお礼をいわなくては。
まだまだ。
スプレー缶を強く振り、今度は風呂場の鏡に吹き付け、1分間待つ。ササッと拭き取る。
拭きあがる度に、ピカピカの鏡が挑発してくる。もう一枚、またもう一枚と、私は磨く物を求めて家中をうろついた。綺麗になる度に、私自身も気持ちが晴れる。そうか、家の中を綺麗にするのは、自分を綺麗にするのと一緒なんだ。
苦行だったガラス磨きは、癒やしの時間になった。
辛いと分かっている作業に入るのは、イヤに決まっている。大掃除は面倒だとわかっているから、毎年ズルズルと先送りにしていた。ああ、もっと綺麗にしたい。
楽しい時間だと分かっているのに、やらない理由はどこにも無い。
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