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メディアグランプリ

ヘルパーは透明人間である


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事 飯田あゆみ(ライティングゼミ平日コース)
 
「お客様、相模原までですね?」
車いすに座った美少女の頭越しに、駅員さんが私に聞いた。私は彼女の介助のために、駅までお迎えに来たヘルパーである。
駅員さんの質問には答えず、にっこりと視線を車いすの方にやる。ご本人に聞いてください、という意思表示だ。
私に返事をもらえない駅員さんは、困ったような顔をしていたが、そのまま事務室に引っ込んでしまった。
ある日の夕方、JRのある駅で起きた出来事である。
 
私は、毎週一回、夕方だけ訪問介護のアルバイトをしている。いわゆる訪問ヘルパーだ。身体に障害があって、助けが必要なユーザーさんのお宅を訪問し、排泄、入浴、着替え、食事など、日常のこまごましたことをお手伝いしている。外出にお付き合いすることもあるし、頼まれれば日用品の買い物にも行く。
 
上の場面には、ユーザーさんをお勤め先の最寄り駅までお迎えに行った時に遭遇した。
 
車いす利用者が電車に乗り降りする時、車輪がホームとの隙間に落ちないよう、専用の折り畳みスロープを置いているのを見たことがある人もいるのではないだろうか。パタン、パタンと三つ折りにして収納できる、見かけのわりに丈夫なあの薄いスロープだ。
 
冒頭の駅員さんは、降車駅にもスロープを準備して待機してもらうよう連絡するために、ユーザーさんが「相模原まで」と言ったのを、わざわざ私にも降りる駅を確認してくださったのである。
 
「確認してくれてるのに、どうして無視するのよ。ちゃんと答えなくちゃダメじゃないの?」
と思われた方もいるだろう。
 
が、私たちヘルパーは、たとえアルバイトであっても、ヘルパーになるための心構えを研修で叩き込まれる。
それは一言でいうなら
「できることまで取り上げない」
ということだ。
 
私は、駅員さんを無視したのではなく、車いすに乗ったユーザーさんの「コミュニケーション」という「できること」を取り上げないように、あえて黙っていたのである。
 
今でこそ、そんな風に当たり前に考えられるようになったが、私も最初は、駅員さんのような対応をしていた。車いすの人は弱い人。弱い人を、当事者として矢面に立たせてはいけない、というような、いたわっているようで実はつまはじきにしている対応。
それが、ユーザーさんと過ごすうちに、見え方が変わってきたというだけのことである。
 
最初に研修で言われた言葉。
「これから、あなた方には車いすで生活しているユーザーさんのお宅に介助に行ってもらいます。ユーザーさんは、体が動かせないだけで、できることはたくさんあります。私たちはユーザーさんのできないことを手伝うことが仕事です。だから、できることまで取りあげないでください」
これを聞いたときは、頭の中に疑問符しか浮かばなかった。
 
「いやいやいや、だって、できないことばかりだからヘルパーが必要なんでしょう? できることがたくさんあるって、例えば具体的に何ができるの? 手も不自由そうなのに?」
と。
 
だがしかし、ヘルパーを始めてみると、私のユーザーさんは、拘縮して握った形のまま動かせない右手の甲にスマホを乗せ、左手で器用にそれを操りながら、仕事も余暇も楽しんでいらっしゃるご様子だった。お化粧もとても上手で、もともときれいな顔立ちに、器用に左手でメイクをしていくとびっくりするくらいの美少女になる。
また、室内の調度はすべてご自分で選ばれたとのことで、センスの良い家具や食器は、統一感のない我が家とは比べ物にならない美しさがあった。決して贅沢な暮らしをしているわけではないのだが、とにかくものを選ぶ目に私とは明らかな違いがあるようだった。
またとても倹約家で、限られた予算内で日常に必要なものを購入し、まとまったお金が貯まると、ディズニーランドに遊びに行ったり、ヘアアイロンを買ったりと、自分を喜ばせることに使うのが上手だった。
それになにより、イエス、ノーがはっきりしている。いやなことは嫌だ、こうしてほしいとズバッと言われる。あいまいな人間関係の中で生きている私は最初、相当面食らったが、慣れてくるとこれがとても気持ちよかった。
 
こんな風に、私にできないことで、彼女にできることはたくさんあるのだった。
 
「なるほど、できる・できないって、手足が動くということとは関係ないんだな」
私はそんな風に表面的に理解していたが、一番大事なところを見落としていたことに気づく。
それは「意志表示すること」の大切さである。
 
家具や食器を「選択する意思」。
日常に必要なものとそうでないものを「選別する意思」。
好き嫌いを伝え、してほしいことを「伝える意思」。
 
すべては、「意思」からスタートしているのだ。
こうしたいという意思を表すから、周りはそれを叶えるために動くことができる。
 
どんなに幼くても、車いすに乗っていても、目が見えなくても、聞こえなくても、寝たきりになっても、死ぬまでできること。
それは「意思表示すること」なのだ。
 
とすると、私たちが奪ってはいけないものは、「本人の意思表示の機会」だということがわかる。
 
それが納得できてから、冒頭のようなシーンでも、「代わりに答えてあげなくていいのかな」とおろおろすることがなくなったのであった。ヘルパーの仕事はTPOに応じて透明人間になることである。
社会とユーザーさんが直接やり取りをする場面に、しゃしゃり出てはいけない。
ユーザーさんの意思表示の機会を奪わないよう、控えめにそこにいることが求められているのである。
 
 
 
 
***
 
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2019-12-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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