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迷う旅のススメ

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記事:春野 菜摘(ライティング・ゼミ 日曜コース)
 
 
私はとかく旅先で迷う。
 
奈良の山の辺の道で迷ううちに日が暮れてしまったこともあるし、熊野古道でガイドブックの案内を少々アレンジしてしまったが為に、山中で散々彷徨った挙句、意図せぬ場所に下山するということもあった。私は基本独り旅なので、迷っても自分の始末は自分でするより無い。方向感覚は乏しいくせに、好奇心だけは旺盛だからタチが悪い。
 
京都に行った時も、伏見稲荷からの帰りに虫が騒ぎ、ふと知らない道を歩いてみたくなった。十条のあたりから、鴨川沿いを北上し、下鴨神社を目指すことにした。
 
四条あたりでコンビニに立ちよりアルコールを買うと、開栓して炭酸が抜ける気持ち良い音とともに風が出てきた。五月の夕暮れの鴨川には、納涼床で食事を楽しむ家族連れや河川敷に寄り添う恋人たちの姿が見える。私は幸せそうな人々を見るともなしに見ながら、少し麻痺した頭で「たそがれどき」という言葉について考えるともなく考えていた。「黄昏時」は「誰ぞ彼時」なのであり、「逢魔が時」などとも言うものだ。百鬼夜行の都で、私も何か不思議な者とすれ違ってしまうだろうか。
 
しばらく歩き続け、下鴨神社に着いた時にはあたりはすっかり暗くなっていた。砂利敷きの参道には既に人気はなく、自分の影さえも見えない。せっかく来たからにはと、そそくさと神様にご挨拶を済ませ境内を出たのだが、そこからが長かった。
 
もう一本アルコールを購入してすっかり気持ち良くなってしまった私は、往きとは違う道で七条通り近くの宿まで戻ることにした。その頃にはスマートフォンの電源は切れてしまっていたから、グーグルマップは使えない。そうなると頼れるのは自分の貧弱な方向感覚とガイドブックだけである。でも京都の町は初めてではないし、碁盤の目のようになっているのだから、鴨川と並行して走る道を辿れば宿のあたりまで行き着くはずだ。大丈夫。根拠のない自信に任せて歩き始めた。
 
ところが、どこでの判断がいけなかったのか、私はすっかり迷ってしまったのである。ここを曲がれば右に二条城と思っていたら二条城は左手側にあり、自分が堀川通りではなく千本通りにいることに気づく。名のある大通りで迷っているうちはまだ良かった。慌てて軌道修正しようと細い道に入ったところ、今度は住宅街に迷い込んでしまう。散々彷徨い歩き、曲がり角の先に広がっていたのは数分前に見た景色。これはいけないと引き返し道を改めるが、どういう理屈かやはり同じ通りに出てしまうのである。同じところをぐるぐる回りながらいつまでたっても大通りに戻れない。ここは一体どこなのか。
 
ようやくの思いで大通りに出るととにかく京都駅を目指すことにした。駅にさえ行けば何とかなるはずだ。もはや何通りとも分からぬ通りを京都駅へと向かってひた歩く。酔った頭はくるくると回り、誰ぞ彼時、逢魔が時、と繰り返す。誰ぞ彼時、逢魔が時、誰ぞ彼時…
 
しばらく歩いた時、対抗車線を走ってきたバスの額に「京都駅」と掲げられていることに気がついた。バスの向かう先が京都駅だとするなら私はどこに向かって歩いていると言うのか。頭の中は真っ白になり、今やバスの行き先を追いかける気も失せ果ててしまった。万事休す。
ゲームオーバーしてからは実に簡単だった。タクシーを拾い、宿の住所を告げるだけである。
 
タクシーの窓を夜の京都の街が静かに流れる。私はそれを覗きながら、「道草によってこそ道の味がわかる」と言った誰かの言葉を思い出していた。
 
旅で迷うのも悪くはない。私にとって迷う旅とはより深い旅の味を味わう贅沢な行為である。多くの人は時間がもったいない、非効率だと言うだろう。でも、どうして日常を離れた旅先でまで正解を出し続けなければならないのか。点と点とを最短で結ぶまっすぐな線より、蛇行し、行ったり来たりしながらいびつな模様を描く旅の方が私は豊かな気がして好きだ。私は旅先で道に迷うたび、慌てふためき、困り果てながら、それでも間違い、迷う自由を謳歌している。
 
七条の安宿に帰ると時計は二十二時をとうに回っていた。既に消灯されたドミトリーで一人ひっそりとその日最後のアルコールを開ける。ガイドブックを見ながらどこをどう歩いたものかと答え合わせをしていると、だんだんと瞼は重く、今日はもうシャワーも浴びられそうにない。そっと身を横たえると隣のスウェーデン人のベッドから心地良い寝息が聞こえてきた。
 
 
 
 
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2019-12-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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