メディアグランプリ

まずは、嫌いになろう

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:織巴まどか(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「みんなと仲良くなる必要なんて、ないんですよ」
 
にこにこしながら、園長先生は言った。
 
入園式が終わり、たしか、最初の保護者会の日だった。
お母さんたちは、我が子をはじめて自分の手元から、幼稚園という「集団生活」の中へ送り出したばかり。誰もが不安でいっぱい、といった様子だった。
ひとりづつ近況をシェアする段になると、口々に、うちの子こんなことがあって、大丈夫でしょうか、悩んでいます、と、相談が続いた。
私も例外ではなかった。
私は自営で仕事をしており、娘は1歳の頃から週に3日一時保育を利用している。だから、子供を手元から離すことも、集団生活をさせるのも、他のご家庭よりはずっと慣れていた。
それでも、毎日、メンバーの決まった特定の「コミュニティ」の中ですごすのは、娘にとってはじめてのこと。
 
「娘は人見知りで、あんまり自分から他の子と仲良くしに行くこともできないタイプです……まだひとりで遊んでいることも多いようで。ゆっくり見守っていきたいとは思っているのですが」
 
そんなようなことを言った気がする。
同じように、子供が内向的で心配、という声や、うちの子は自分勝手で、お友だちと仲良くやれるかどうか心配、という声は多かった。
 
園長先生は、見た人すべてを安心させるような穏やかな笑顔で、お母さんたち全員の言葉を真摯に受け止めた。そして、最後の総括のときに、冒頭のセリフを仰ったのだ。
 
「よく、みんなと仲良くね、っていうでしょう? でも、そんなこと、私たち大人にだって、無理ですよね? 私たちはひとりひとり、個性があって、違う人間。合う人もいれば、合わない人もいるのが当たり前です。好きな子も、好きになれない子もいていいんですよ」
 
あ、この人は、信頼できる人だ。
 
即座にそう思った。
 
入園前から感じていたこと(それが入園の決め手のひとつでもあった)ではあったけれど、それが確信に変わったかんじ。ああ、この園に入れて、よかったな、と心から思った。
 
今回園長先生が教えてくれたことは、何も子育て論に限ったことではない。
私たち大人であっても、この「みんなと上手くやらなければ病」にかかっている人は、本当に多いと感じる。
(だからこそ、子供にも同じように教育しようとするのだけれど)
 
私は職業上、人の悩み相談に耳を傾けることが多い。
心理学の専門家ではないけれど、「心との向き合い方」というものは、自分なりに学んできた。
 
相談のセッションにやってくるお客さんの話を聞いていて、すごく感じることがある。
「自分がどうしたいのか」
「自分がどう思っているのか」
がはっきりしている人が、本当に少ないのだ。
 
もちろん、お客さんのお話を聞きながら、そこをはっきりさせていくことが私の仕事でもあるので、一向にかまわない。
ただ、「自分の意志」が明確になっている人、セッションの中で明確にすることができた人ほど、良い方向に進んでいかれたり、望む結果を出すことができることが多いのは確かだと思う。
 
あくまで個人的な仮説ではあるのだけれど。
「周りと上手くやること」を過度に重視して、それが当たり前になってしまうと、本当に自分が感じていることを、他ならぬ自分自身で、感じ取れなくなってしまうのではないか。
 
「浮いていると思われないように、周りに合わせる」
「和を乱さないように、誰とでも波風立てず上手くやる」
 
それが処世術であるかのように捉えられがちだし、実際、私も学生時代、会社員時代と、無意識のうちにそう思い込んでいた。
 
でも、それだと、いつの間にか、自分の本心がどこにあるのか、わからなくなってしまうのだ。
本音を隠している、とかではなくて、「何が本音なのか」自体が、わからなくなってしまう。
 
こうなってくると、どこへ向かいたいのかもわからないのに、漠然と「幸せな人生」みたいなゴールを探すことになる。
ゴールがわからないのに、探しているので、当然見つけようがない。
「あれ、私何がやりたいんだろう……」
と、悩む。
何を隠そう、過去の私がそうだった。
 
この「本音迷子」状態から抜け出すためには、地道な思考のエクササイズを続けるしかない。
「自分の本音」を、丁寧に感じてあげる練習。
いちばんわかりやすいのは、やはり「好き/嫌い」の感覚だと思う。
 
「自分は何が好きで、何が好きじゃないか」
たとえば、食べ物などの身近で簡単なお題でもいいのだ。
「何でも好き嫌いなく食べられること」が良いことである、という無意識の刷り込みは、意外と強い。違和感があるのになんとなく食べ続けているものはないだろうか?
 
嫌いなものは、嫌いでもいいのだ。
 
自分の好き/嫌いをはっきりさせていくことは、自分の本音を自覚することにつながる。
それは、自分の輪郭をくっきりと浮かび上がらせ、あなたをぐっと魅力的にする。
 
そして、ちゃんと自分の中で、好き嫌いが自覚できている人は。
その次には、自分の好きなものも、好きでないものも、ちゃんと尊重することができる。
 
「みんなと仲良くする必要は、ないんです。全員を好きになれなくていい。でも、私たちはひとりでは生きられません。集団の中で、関わり合って生きていく生き物です。ひとりひとりの個性を尊重しながら、合う人とも、合わない人とも、面倒でもすり合わせしながら、関係性をつくっていくのよ」
 
そう仰った園長先生の笑顔は、本当に優しく穏やかで。
その言葉は、私の胸に、すっと入ってきて美しく響いた。
 
 
 
 
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2019-12-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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