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12時を少し過ぎる頃やってくるモンスターと雨上がりの空


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西田千鶴(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「先生にお話したいことがありまして……。事務所に伺ってもよろしいでしょうか?」
 
その人からの電話は突然だった。
 
「モンスターからの電話だ。どうしよう」
 
私は成年後見人という仕事をしている。成年後見人は、認知症等になった人の代わりに、お金の管理をしたり、いろいろな手続きがするのが仕事だ。家族でもなれるものだが、私のような他人がなる場合は、家族との縁が薄い人が多い。
 
今回、ある女性の後見人に選ばれた。彼女には、息子、娘の二人の子供がいたが、息子さんは若いうちに亡くなった。そして、娘さんとは長年疎遠になっている。
 
ここ数年で彼女は認知症が進み、一人暮らしができなくなった。そんな彼女を心配した彼女の弟が家庭裁判所へ成年後見人を選ぶ手続きをしたところ、私にその役目が回ってきたのだ。
 
最初の頃「娘さんとは、仲がいいんですか?」と彼女に聞いたことがある。
 
すると、彼女は、あー、あの子はねぇ、と呆れたような表情を浮かべて、娘の愚痴を言い始めた。
 
「あの子は気が利かないの。しかも不器用だから何もできないのよ」
「私が大変な時には知らんぷりして、全然助けてくれなかったのよ」
「しかも、私が見てないうちに、こっそりお金まで盗っていったんだから」
 
聞けば聞くほど、とんでもない娘のようだ。
 
とはいえ、彼女にもしものことがあったら、関わってもらわなくては困る。
私は恐る恐る娘に電話をかけた。
 
すると、電話の向こうで、めんどくさそうに
「私はとにかく母とは関わりたくないので。後はよろしくお願いします」とあっさりと言ったかと思うと、すぐに電話を切られた。
 
実の母親なのに、なんて冷たい仕打ちをするんだろう。母親の状況とかもっと聞いてあげたらいいのに。この人もこんな娘を持って苦労されたんだろうな。
 
目の前には、いつも明るく笑っているその人の母親がいる。おしゃべりが大好きでお世話好き。昔の出来事を繰り返し繰り返し、お話してくれる。若くして夫を亡くし、女手一つで子供二人を育ててきた彼女の口ぐせは「私は負けず嫌いだから、ぜったいに負けたくないの。縫製の仕事も職場でいつも一位だったんだから!」彼女と話していると、私も元気をもらえるのだ。
 
それなのに……。あの娘ときたら……。
 
彼女から元気をもらえばもらうほど、娘の仕打ちが我慢ならなくなってくる。想像の中で、まだ見たことのない娘へのマイナスなイメージが、どんどん膨らんで増殖していく。気が付けば、私の頭の中で、その娘の姿は、暴れまくるモンスターと化していた。
 
突然掛かってきた電話の主は、その娘だったのだ。
 
あれだけ関わりたくないって言ってたのに、急になんだろう? 私のやり方へのクレーム? もしかして、お金の無心? 想像すればするほど、不吉なことばかりが頭に浮かぶ。頭の中のモンスターは、ますます暴れるばかり。言い知れぬ不安を抱えたままま、約束した当日を迎えた。
 
コンコン。「失礼します。〇〇です」
 
事務所に入ってきた女性を見て、私は目を疑った。
 
そこにモンスターはいなかった。目の前には、伏せ目がちな細身の女性が立っていた。緊張をしているのか、小刻みに肩が震えている。その横には、腕を抱えるように同世代の女性が連れ添っていた。
 
「……本当は一人でこなきゃいけないと思ったんですが、一人だと、うまく話せる自信がなくて……。それで、一番事情をよく知っている友だちに付いてきてもらいました」
 
椅子に座ると、ほぅぅぅっと一息着いた後、彼女は自分の思いを話始めた。
 
「小さい頃から母が怖かったんです。今でも母のそばにいると動悸が止まらないんです」
 
子供の頃は、しっかり者の兄と比べられ、いつも怒られてばかりいたこと。
兄は、専門学校へ行かせてもらったのに、自分には出すお金がないと冷たく言われたこと。
結婚して家を出てはじめて、実家では極度の緊張状態で暮らしていたことに気付いたこと。
それ以来、実家の前に立つと、怖くて足が震えて、中に入れないこと。
 
声は震え、話をすればするほど、長年溜め込んできた思いがあふれ、彼女の目からは大粒の涙が次々と零れ落ちた。
 
「お母さんは、あなたがお金を盗っていったと言ってますが?」
 
「それは、私のところへも電話をかけてきたんです。お金を盗っただろうって。だけど、こんな状態ですから、家になんて入れるはずがないです。……多分ですけど、母はある宗教に入っていたので、もしかしたら、そちらへ寄付したんじゃないかと」
 
質問に一つ一つ丁寧な口ぶりで答える彼女の姿を見ていると、私は頭をガンっと後ろから殴られた気がした。この人を勝手にモンスターに仕立て上げていたのは私だった。
 
「一体私、なにやってんだろう」自分への情けなさに、呆然としてしまい、彼女の話が頭に入ってこない。
 
いやいや、そんなことを言ってる場合じゃない。とにかく今は彼女の話をしっかりと聞かなくては。
 
自分に言い聞かせながら、動揺を抑えると、後はひたすら彼女の言葉に耳を傾けた。
 
彼女が事務所にやってきた理由は、実家がどうなっているのか知りたかったから。ここのところ、台風で被害が出ているので、実家が壊れて、近所に迷惑がかかっていないか? それだけが心配だったと。
 
私は、なにかあったら、こちらで対処するので心配ないと繰り返し繰り返し伝えた。彼女はようやく安心した顔で頷いた。
 
「これから、何かあった時はご連絡させていただいてよいですか?」と改めて聞くと、彼女は緊張の表情を見せ、ためらいがちに
 
「いえ……。先生、私、もう母と会いたくないんです。母が生きている間は全てお任せします」と言った。その後「でも……」と言葉をつなぎ
 
「今日、お話できてよかったです。ありがとうございました」
 
互いに自分の価値観の中で、がんばって生きてきた二人。両方の話を聞いた私には、二人とも本当にがんばってきましたね、としか言うことができない。片側だけの味方になることができないのだ。
 
同じことをしても、うれしいと感じる人もいれば、嫌だと感じる人もいる。助かると思う人もいれば、迷惑だと思う人もいる。どちらがいいとか、正しいとか、間違っているとかないのだ。こういうケースに出会う度、ものごとの捉え方は人それぞれなんだと痛感させられる。
 
ただ一つ言えることは、根底には互いに対する愛があるということ。例え、見える形は思うものと違っているかもしれない。だけど、愛の存在さえわかっていればいい。もしかしたら、最後まで、互いにわかりあえないかもしれない。そんな時は誰かにその思いを吐き出せることができれば、それだけでも救われるのではないだろうか。
 
「今日はどうもありがとうございました」
 
事務所を去る娘さんの表情は、雨上がりの空のようにすっきりとした晴れやかな笑顔になっていた。
 
 
 
 
***

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2020-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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