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メディアグランプリ

自分ごとと、ふるさとと


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:川村 紀子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
初出張先は、ソロモン諸島だった。
「ソロモン諸島ってフィジーの近くだったかな」
出張が決まってから、地図を広げて正確な位置を確かめた。
 
オーストラリアの少し上にソロモン諸島を見つけると、見覚えのある地名があった。
「ガダルカナル……」
太平洋戦争で激戦の末、日本が惨敗した地として歴史の授業で学んだ覚えがあった。
習ってから10数年たってようやくその地名と国名が一致した。
 
出張は外部の組織からのメンバーを含め6名のチームで行くことになっていた。
事前会合を終えるとメンバーの一人が言った。
「『ガダルカナル戦記』をあらためて読みなおしていますよ」
私より一回りくらい上のNさんは、それがとても大切なことと思っている話し方をした。
 
帰りに書店に寄り、全四巻のうち一巻だけ買ってみた。
でも、結局、2ページ目に読み進めることもなく、機内持ち込み用の手荷物の中につっこんだ。
ニュージーランドとバヌアツを経由してソロモン諸島に着いた。
その間、読み進んだのはたった数ページだけだった。関心が湧かないと言葉が全然入ってこない。
 
首都ホニアラ市での調査一日目の予定を終えるとNさんが「慰霊碑に行きましょう」と言った。
日本人戦没者慰霊碑は首都から車で20分強、山道を昇った見晴らしの良い場所にあった。
市内からの移動の途中、あちこちに戦車や戦艦の残骸があった。どれもこれもサビついていた。
「200隻以上の艦隊が近海に沈んでいるそうですよ」誰かが説明してくれた。
 
Nさんは日本から持参したお米を慰霊碑にそなえ、お酒を丹念にかけた。
そして、しばらく手を合わせていた。涙ぐんでいるようにみえた。
私は手ぶらで来てしまったことに気まずさを感じながら、手を合わせたものの、
どんな言葉を想ったらいいのか、全然わからなかった。
ここで戦争があったということがまるでスクリーンの中の出来事のように実感がなかった。
 
次の出張先は、フィリピンだった。
フィリピンの関係者は半数以上が女性で、明るく、ユーモアにあふれた人達だった。
病院建設に関する事前調査が目的で、現状や計画の説明を聞き、関係先を視察した。
そして、関係者が一堂に会して、計画内容を精査していった。
日本人専門家達からは厳しい質問が矢継ぎ早に出された。
それに対する特に女性管理職たちの受け答えは、柔和ながらも凛としていて、私は同じ女性として憧れた。
 
数日後、プロジェクトの青写真が明確となり、計画内容に合意がなされた。
記念の昼食会が開催され、フィリピン料理が所狭しと並べられたお店に、大勢の関係者が集った。
皆、上機嫌で、話し合いの時とはうって変わって和やかで、あちこちで笑い声がした。
 
お腹も満ちてきた頃、斜め前に座っていたX線技師長の女性が話しだした。
「私の父は日本との戦争中バターンの行進で命を落としたの」
突然の告白に私はビックリした。いそいで背筋を伸ばし、その方をまっすぐに見直した。
女性の顔は穏やかだった。
 
「だから、日本人が大嫌いだった。私は憎んでた」
私たちと目をゆっくりとあわせながら、言った。
私は微動だにせず座っていた。
「あなたたちと会って、一緒に過ごせてよかった。日本人が大嫌いではなくなったわ」
 
私は息をのんだままだった。
この瞬間初めて、この国の中で日本が戦争をしていたことが「私」とつながりがあることだったのだと気づいた。
私は日本人なのだから、よく考えてみたら当然のことなのに、まるで遠い昔の遠い国の物語のようにとらえていた。
 
彼女は私たちをどんな気持ちで迎えたのだろう……。
今回出会った方々の中で、日本人への憎しみの気持ちを心に抱えながら接していた人はこの方だけじゃないだろう……。
想像力が欠けていた自分の無知と厚顔さが情けなかった。
「戦争は終わっていない。戦争の延長線上に今がある人がこの国にはたくさんいるんだ」
そのことを噛み締めた。
 
数年後、私はフィリピン事務所の駐在員として派遣されることになった。
今度は戦争についても自分事としてとらえ、書籍を読んで事前に学習した。
 
担当プロジェクトの一つはレイテ島にあった。
レイテ島も太平洋戦争の激戦地で、日本人のみならず多くのフィリピン人の犠牲者が出たところだ。
出張のためにマニラからレイテに向かう飛行機に乗ると、袈裟を着たお坊さんと高齢の日本人の一行が乗っていた。
毎年、遺骨収集に来ていること、故郷に帰らせてあげたいというご親族の想いに触れ、言葉を失った。
ここにも戦争の延長線上に今を生きる方々がいらした。
 
「戦没者慰霊祭に出る人はこの紙に名前を書いてください」
フィリピンに来て初めての終戦記念日が近づいてきた頃、日本大使館主催の慰霊祭の案内がされた。
私は事務所長と二人、マニラから車で3時間弱のカリラヤまで出かけた。
 
慰霊碑は、整然と整備された公園の中にあった。
暑い日差しが照りつける中、黒い服を着た数百人の日本人が式典に参列した。
フィリピンでの日本人戦没者は518,000人と記録されている。
そして、フィリピン人は100万人以上の犠牲者が出たという。
 
挨拶に続き、一人ひとりが献花した。
そして、日本人会の女声合唱団ラメールが鎮魂歌として、『ふるさと』を歌い始めた。
 
わすれがたきふるさと
 
歌詞が全身にしびれるようにしみた。
 
いかにいます ちちはは
 
その時、まさに文字通り、草葉の陰から、
そこ、ここ、で、ふるさとを想い、魂が泣いていらっしゃると感じた。
涙がはらはらと流れ出てきた。
 
こころざしをはたして いつのひにかかえらん
 
私は兵士たちと私が日本人としてつながっていることを確かに感じていた。
「自分のおじいさんだったかもしれない人達……。
遺骨も魂も未だに故郷に帰れず、何十年も苦しんでいらしたんだ……」
涙はとめどなくあふれた。
 
いつの間にか私は手を合わせていた。そして、自然と想っていた。
 
「魂が無事に故郷に帰れますように。ご家族のもとに帰れますように。
私たちが故郷を守ります。私たちは平和を守ります」
 
抜けるような青空に、真っ白な雲が浮かび、
芝の緑は美しく、ところどころに蝶が舞っていた。
 
自分でも驚くほどに涙を流した後、
戦争を遠い遠い過去のこととして、平和な社会でのんびりと生きてこられたことに感謝していた。
 
 
 
 
***

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2020-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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